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2017年03月12日(日) 記事No.1646
昨年の6月から毎日トマトを朝食で食べている

きっかけは、自分が肝臓ガンになって食生活の改善をと

今まで食べていなかった朝食を野菜中心で食べ始めた

ずっと代り映えはしないトマトとレタス、たまにキャベツ

食べ始めた夏はトマトが安くて美味しいので2個食べていた

冬になると高くなり1個120円くらいになったので1個に減らした

夏から秋にかけては松山の病院からの帰りに

周桑農協が運営をしている「周ちゃん広場」へ寄ってトマトを買っていた

こちらは地元農家が栽培した野菜や果物を売っていて

県内最大級の店舗で栽培農家の名前が入っている

新鮮で安くて美味しいので評判がよい

秋になって店頭からトマトが消えた

その後はコープで買って食べていた

スーパーの中ではコープが一番新鮮な野菜が手に入る

先日、家内が安かったのでと

野菜が安いスーパーで買ってきたので、食べたらトマトの味がしなかった

いくら安くてもこれではダメだ

私も安いので野菜を買ったことがあるけど、日持ちがしなかった

それからは野菜はコープと決めている

昨日たまたま四国中央市の土居町農協直売所へ寄ったら

形は悪いけど、安いトマトがあり買って食べた

食べて驚いた 味が濃くてめちゃくちゃ美味い

コープよりも美味い

トマト0312

大きな3個はコープのトマト 安くなって1個75円

小さなのは農協直売所で大きいのは食べてしまったが形も大きさもバラバラ

野菜は農協直売所に限る この農家のトマトを今度買い占めよう


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2016年04月29日(金) 記事No.1400
先日いただいた2本のワインの残りの1本を飲んだ

1本のボトルを空けたわけではなくて1/4だけ飲んだ

先日のイタリアワインも5日かけて飲んだ

濃いワインだと思ったら17%もあった 実に美味しくいただいた

私はボルドーワインが好きなので残しておいた

これもワインにしてはアルコール度数が高く14%ある

このクラスは普段飲んでいるチリワインとはレベルが違う

今夜はアテなしで飲んだ

コルク栓にはラギオールのソムリエナイフがほしくなる

欲をいえばキャップシールが鉛のを開けたい

私はつくづく欲深い人間だと思う


そして、これも一昨日いただいたものでアイリッシュウィスキーだ

ワインとウィスキー0429


逆流性食道炎のためアルコール度数の高い酒は控えていたが

最初はロックで飲みたくて飲んでいる

ウィスキーロック0429

恥ずかしながらアイリッシュウィスキーはブッシュミルズしか知らなかった

このウィスキーは初めて飲むが実に美味い

しばらくは楽しめそうだ


最近何故か頂き物の酒が多い

ありがたいことだと喜んでいる


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2016年04月08日(金) 記事No.1366
寝酒になにか飲もうと探してみたが

あったのは少しの紹興酒と4/5ほど残っているドライベルモットだけ

なにかアテがないかと探してみたら1年前にもらって冷凍している小魚の干物しかない

干物なら芋焼酎がよいのだが切らしている

紹興酒は先日飲んだので味はわかっている

さて、ドライベルモットはどんな味がするのだろうか?

カクテルのマティーニに使うことは知っている

そう言えば数年前にドライベルモットを買ってから酒として飲んだ事がなかった


なぜドライベルモットを買ったのか?

そして飲んでいないのになぜ1/5減っているのか?

ドライベルモット0408


思い出した、5年前に紅茶のアールグレイが好きでアイスティーで飲んでいた

お中元にもらったペットボトルに入ったアールグレイが美味しくて

よく見るとベルガモットの香りと書かれていた

ガは抜けているが英語やフランス語やイタリア語はよく似た少し違う発音をしているから

これはベルモットをアイスティーに入れればよいのだ

アールグレイのアイスティーに入れるために買ったのだった

もちろん早速にベルモットを入れて飲んだけど全然美味しくなくて

ベルモットは5年間放置していた

昨夜ドライベルモットをロックで飲んでみると

あれ、シェリー酒に似ているぞ

これなら魚の干物に合いそうだと思い

飲みながら初めてネットで調べてみた

シェリー酒は白ワインを使った酒精強化ワイン

ベルモットは白ワインをベースに にがよもぎなどの数十種類の香草を配合したフレーバードワイン

なんだ、白ワインベースなら似ているのは当たり前か


ちなみにベルガモットはミカン科の柑橘類でアールグレイに着香している

アールグレイの茶葉にはすでにベルガモットの香りがついていた


なんと間抜けな話だ

5年前に調べもせずにベルモットとベルガモットを同じと思い込んでいた

アルコールは全般好きな方だが、どうも私の知識は偏りすぎている

カクテルはあまり飲まないのでリキュールの知識がほとんどない

ビールは最近好きになって美味しいと思うが知識としてはないに等しい

焼酎も似たようなものだ

日本酒の一部とスコッチの一部とワインだけの知識しかもっていない



結局小魚の干物をアテにドライベルモットを3/5飲んだ

残りは1/5になった

なかなか酔わないと思ったらアルコール度数は17%しかなかった



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2015年06月28日(日) 記事No.1052
先日ジャガーに乗って来た先輩からお土産に泡盛をいただいた

息子の結婚式で石垣島へ行っていた

この先輩とは30年の付き合いになるが

旅行に行ってお土産をもらったのは初めてのような気がする

何にしても酒飲みの私にとってはありがたい

早速今夜いただこう

泡盛0628


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2015年06月10日(水) 記事No.1004
シングルモルト「余市」8月出荷終了


あれだけウィスキーの需要が落ち込んでいたのに

マッサン効果で国産ウィスキーが売れすぎて

余市の原酒が足りなくなったとのこと

そりゃあ消費が落ち込んでいた時に仕込んだのだから

原酒が足りなくなるのは当たり前のこと

●●効果はいずれ熱が冷めてまた元に戻る

結局は残るのは元々のウィスキー愛好家と

少しの最近愛好家になった人だけ



余市が終売になればヤフオクあたりで高値がつく

そんな高い値段を出して買わずともスコッチを飲めばよいことだ




人それぞれ価値観の相違はあるけどね

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2014年06月16日(月) 記事No.465
娘2人からワインをもらいました。
持つべきは女の子です。
1週間前に長女が焼き肉屋の和牛じゅう兵衛でご馳走(長女主導で次女が何割か出し)してくれました。
今日は次女主導で長女が何割か出したそうです。
最近はフルボトルで400円のチリワインだったので、久々のフランスワインを飲むのが楽しみです。
1本がコートデュローヌ、もう1本がカオールです。

父の日ワイン1
父の日ワイン2
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2014年06月15日(日) 記事No.464
2年前まで私の最も苦手な酒はビールでした。
日本酒を飲む時でもとりあえずビールではなくて最初から冷酒
ワインを好むようになってからもビールは飲まずシャンパンから
今でもシャンパンを飲むと時はビールを飲みません。
白ワインを飲む時には、今はビールからです。
以前はとにかくビールを飲みませんでした。
私のワインバブルははるか昔に終わってしまって、今ではフルボトル500円以下のワインを飲んでいます。
以前はシャンパンクーラーとワインクーラー
どちらも似たようなものですが
集めるのが趣味で最高で7個くらい持っていました。
友人にあげたりして1年前には3個に減りましたが
お気に入りの3個でした。
1つはJALのロゴが入ったステンレスワインクーラー
1つはリーデルのクリスタルグラスのシャンパンクーラー
最後にヴーヴクリコのシルバーのマグナムシャンパンクーラー
今はリーデルとヴーヴクリコのシャンパンクーラーは手元にありません。
どちらも販売中止でもう手に入りませんが年末にヤフオクで2個合わせて6万円ほどで売りました。
唯一残ったのはJALのステンレスワインクーラーだけです。
今では安い白ワインを飲む時にだけ使っていたのですが、
最近になって缶ビールから瓶ビールに代えてからビールにもワインクーラーを使っています。
冷蔵庫の温度では少し冷え方が足りないのと、常に冷えている状態を保てるためにワインクーラーを使っています。
ワインや冷酒は当然ながらビ^-ルにもワインクーラーがおすすめです。
ビールと一緒に冷やしているのは、チリの白ワイン
一目で安物と分かりますが、フルボトルで400円台です。
チリワインはコストパフォーマンスが高いです。
ちなみに酒の宝島で赤白購入しました。
ワインクーラー

失ったシャンパンクーラーは、たぶんもう同じ物は手に入らないけど、状態が回復すればまた別の物が買えるさ。
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2014年05月16日(金) 記事No.445
2014年9月29日から2015年3月28日まで全150回、朝の連続ドラマでニッカウヰスキーの創始者である竹鶴政孝とその妻リタをモデルにした「マッサン」が始まります。
ロケ地には余市やスコットランドがあって楽しみです。
もう20年前になりますが、北海道の余市へ行きました。
余市川をスコットランドのスペイ川に見立てて、妻リタの為に余市にウィスキー工場を作ったと言われています。
余市川の中流まで車で行ったのですが、日本の景色ではないと思うほどスコットランドに似ています。
まあ実際にスコットランドに行ったことがないのですが、それ以来スコットランドとスペイ川に憧れています。
最近はグーグルのマップで世界中の風景を見られますので、アイラ島の景色と蒸留所を見てアイラ島へも行きたくなりました。
まだ日本から外には出たことのない私ですが、死ぬまでにスコットランドの風に当たることが出来るのでしょうか?

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スペイ川
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グレンリベット蒸留所
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エディンバラ夜景
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ラガヴーリン蒸留所
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余市川
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2014年04月02日(水) 記事No.436
数ヶ月前から愛飲している芋焼酎の王道楽土を買おうと思い近所の酒屋(酒の宝島)へ行きました。
すると店主が「こっちを飲んで見んけん」と指さしたのが紅薩摩 宝山でした。
原料が紫芋で、珍しいらしい。(たぶん宝山)
普通の芋焼酎宝山は何年か前に店主に勧められて愛飲していました。
王道楽土を飲み始めてからは、王道楽土が一番の好みでした。
紫芋が原料の焼酎は以前に飲んだことがあり格別美味しいとは思わなかったので、少し迷いましたが、外れても芋焼酎には変わりがないと思い購入しました。
それで昨夜飲みました。
実に私の好みでした。おかげで飲み過ぎたようです。
さすがプロ、やっぱり飲んでいる種類と本数が違います。
ふと思ったのが、3本共好みには違いないが王道楽土と宝山との味の違いが分かっていないことに気が付いた訳です。
飲み比べてみたいなあ。

紅薩摩 宝山

宝山裏

1枚目の写真はパソコン前で撮影したんですが色々と散らかっています。
左上に見えるのは次女が保育園に行っていた時に作ったもので私と家内です。
左下にはジッポーのオイルとライター用ガス、その左はうどんを食べる時にかける一味、その下は神戸で買ったにしむら珈琲店のマグカップ、右側には電卓と右下の黒いのは電気かみそり入りのケース、電卓の上に転がっているのはメガネクリーナーとスティックのり、その右はスタンプ台と朱肉、電卓と電気かみそりの間にはクックチャムの箸袋です。
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2013年12月08日(日) 記事No.372
今度はいも焼酎に完熟すだちを入れてみた。

さすがに、いも焼酎はしっかりと主張しています。
オレンジに似た香りとほどよい酸味がマッチして美味しい。

いも焼酎に完熟すだち


このいも焼酎は王道楽土という熊本の焼酎で、酒の宝島店主のおすすめです。

「球磨郡山江村で契約栽培した芋(黄金千貫)をひとつひとつ手作業で選別し、米黒麹1.2トンに対し芋6トンの割合で仕込んだ贅沢な本格焼酎。麹菌は、厳選した黒麹菌を用い、無濾過で瓶詰めし、芋本来の風味を大事に残しました。芋焼酎のやさしく豊かな香りと自然な甘さをお楽しみ下さい。」と裏書きがある。

この焼酎をロックとお湯割りで飲んでみたら、たしかに美味い。
私としてはロックの方が好みですが、夜は寒いのでお湯割りで飲んでいます。

王道楽土


このマグカップは神戸の西村珈琲のもので、珈琲はもちろん紅茶も日本茶も焼酎もオールマイティの優れものです。

西村珈琲マグカップ


すでに熟れすぎて落ちてしまった完熟すだち。

完熟すだち


赤く色づいた紅葉と黄色くなって食べ頃のレモン。

紅葉とレモン




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2012年03月16日(金) 記事No.216
先日空いてしまった北原酒15年は余市と宮城峡のバッテッドモルトウイスキーですが、竹鶴17年も余市と宮城峡のバッテッドモルトです。
しかも、北原酒が10500円だったのに対して5423円と安い。
こりゃあ、飲んでみないとどちらが美味いのか分かりません。


竹鶴17年


こちらは竹鶴21年ですが、飲まねば。

竹鶴21年


ニッカの創始者である竹鶴政孝氏で奥さんはスコットランドの女性でした。
余市の地を選んだのは、余市がスコットランドのハイランドに似ているからだそうです。
たしかに景色が日本か?と思うほど余市川中流に行くと、まさにスコットランドです。
スコットランドへ行ったことがないので想像ですが・・・
私は死ぬまでに一度スペイ川を見てみたいのです。

竹鶴政孝氏


余市蒸留所と宮城峡蒸留所です。
余市へは行きましたが宮城峡へはいつか行きたいと思っています。

余市・宮城峡蒸留所


余市蒸留所の石炭直下蒸留
ハイランドタイプのピート香の強いウイスキーになります。

余市蒸留所の石炭直火蒸留


宮城峡蒸留所の蒸気間接蒸留
ローランドタイプのやわらかなウイスキーになります。

宮城峡蒸留所の蒸気間接蒸留


スペイサイドモルトの蒸留所とアイラモルトの蒸留所へ行くため友人と積み立てをしています。
あと3年でスコットランドへ行きます。
実は生まれてこのかた日本を出たことが一度もありません。




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2012年03月15日(木) 記事No.214
帆船とカウンター 港のバーらしく帆船です

帆船


マッカラン12年ロック バーテンダーは女性でした 

ロック


黒人シンガー カメラを向けると嬉しそうでした

シンガー


赤い靴はいてた女の子異人さんに連れられた行っちゃった・・・










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2012年03月12日(月) 記事No.209
たぶん1年くらい前にチュー太郎にキープしていたニッカの北原酒。

17年くらい前になりますか、初めて飲んだスコッチにも負けないスコッチタイプの国産ウイスキーです。
当時ニッカウイスキーから発売されていたのは北原酒15年、余市12年、宮城峡12年の3タイプ。
余市はハイランドタオプのモルトウイスキー、宮城峡はローランドタイプのモルトウイスキー、北原酒は余市と宮城峡のバッテッドモルトウイスキーでした。
3つともオーク製の木箱に入っていました(その後紙箱に変りましたが)。

今でも余市と宮城峡はありますが北原酒は十数年前に発売中止になり、もうどこにも見当たりません。

それをまだチュー太郎が持っていると言うので1年前に1本キープをして、ウイスキーの分かる人にだけ飲ませていました。
ほとんどなくなって、存在すら忘れていましたが、今夜モルトの好きな友人(今日初めて会ったのですが)がチュー太郎に2週続けて今治からやってきて、話をしている途中でふと思い出しボトルを出してもらいました。

残っていたのは1杯分弱でしたが、彼に振る舞い自分も最後に飲みました。

スコッチには安くて味も優れているのは星の数ほど(大袈裟ですが)ありますが、こんな国産ウイスキーもあったということでは貴重な存在だと思います。

記念にボトルを持って帰るつもりが忘れてしまいました。
最近もの忘れが激しくなりました。

今でも小物入れで使っている北原酒が入っていたオークの木箱。

北原酒






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2012年03月09日(金) 記事No.203
ブログを再開してからまだ日も浅いのですが、酒ブログのトーナメントにエントリーしまして、運よく優勝してしまいました。
21人のエントリーがあり最後まで残りまして昨日決勝戦だったのですが、日が変って見て見ると優勝してました。


お酒のいい話しブログトーナメント - 酒ブログ村
お酒のいい話しブログトーナメント

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2012年03月02日(金) 記事No.191
去年の春頃からビール(実際は発泡酒)を飲み始めました。

というのは、それまで酒の中で唯一ビールが苦手で飲んでも美味しいと感じなかったのです。

それが何故かビールを美味しいと感じ始めて、去年の秋頃までは毎日500mlの缶ビールを2本ずつ飲んでおりました。

近頃は500ml1本を持て余すようになっており、また味覚が変ったのかな?
それとも寒いからか、しばらく焼肉を食べに行っていないからか?



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2008年11月26日(水) 記事No.21
15年ほど前になるが

ニッカウヰスキーを好んで飲んでいた頃、家で飲むために余市を八幡の某K酒店で買った。

その当時はオーク材のりっぱな木箱に入っていた。

余市と一緒に「余市へ」という小冊誌がはいっており、

ニッカウヰスキーの創設者である竹鶴政孝氏がスコットランド留学中に知り合い結婚をした 妻リタが故郷を感じられる余市を選んだと書いてあった。

気候はスコットランドでもハイランドに近く、余市川はスペイ川を思い出させるというくだりだった と思う。

スコットランドに憧れスペイ川へ行きたかった私は、
国内にそんな所があるのならぜひ行きたいと思っていた。

余市川
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ちょうど函館に行く機会があり余市まで足をのばし、工場見学をした後、余市川の中流くらいまで行った時、景色は憧れのスコットランドだった。

リンゴ農家があり、そこでリンゴを買った。

この余市リンゴもその小冊誌に出ており、ほとんどが地元で消費するため余市でないと買えない。

農家は石造りで日本とは思えない風景だった。

余市川に下りてみると、そこには無数の ボロボロに傷ついた鮭がいた。

死んでいる鮭もいるし、これから死ぬだろうと思われる鮭もいた。

川を上ってくる時に石で傷ついた体で卵を産んで最後を向かえようとしているのだろう。

涙がこぼれた


一緒に行った友人が、帰りに余市の魚屋で塩鮭を買った



憧れのスコットランドへ まだ行ったことがない

というか

日本から一度も出たことがない

スペイ川
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2008・09・19
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2008年11月26日(水) 記事No.11
やがて、K氏が某ホテルを退職して、
氏曰くミュージシャン?になりました。

その後、素敵ハウスへ行きはじめた私は、
ワインの品揃えと安さに驚いた。
そして、この頃からシャンパンを美味しいと思いはじめた。

ホテルに最後まで残っていた友人のバーテンダーが退職して、
自分の店を出してから、某ホテルから自然と遠のいた。

素敵ハウスでは、いくらワインを飲んでも数が減らない
というよりも補充がすごいのだろう。
通い始めてもう8年くらいになるだろうか?

数年前は、高知市のフレンチレストランにヴィンテージワインの品揃えがすごく多いし安いところがあってたまに行っていたのだが、
今は数も少なくなって、とても高い。

おそらく、素敵ハウスのワインの品揃えは四国一だと思う。

この頃、すでに棺おけに両足が浸かっていた。

全国のワイン好きが集まる閉鎖的な会に参加をする機会に恵まれた。
2001年の初夏だっただろうか?

1日目は主催者のセラー見学の後、フレンチレストランでDRC1985年水平試飲。

シャンパンはルイ・ロデレール・クリスタル

白ワインはルイ・ラトゥール・モンラッシェ、ヴォギュエ・ミュジニー・ブラン

赤ワインはすべてロマネコンティ社の1985年
グラン・エシェゾー、ロマネ・サン・ヴィヴァン、リシュブール、ラターシュ、そしてロマネコンティである。

最後にシャトー・ディケム1975年で締めくくった。

この頃、すでに1985年ロマネコンティの販売価格は1本100万円だった。それが2本である。
現在では1本159万円で売られている。

いったい、主催者は何百万円分提供してくれたのだろうか?

振り返ること3年ほど前に、1度だけロマネコンティ1972年を自分で買って飲んだことがある。
そして、それを飲むためにまずは格下のラ・ターシュとリシュブールを飲んだ。

ワイン会の2日目は主催者のクルーザーでクリュッグを飲み、夜はヨットハーバーで食事と共にワインを飲んだ。
フレンチレストランのオーナーシェフが出張で料理を作った。

そこで、衝撃的なワインに出会う。

ロマネコンティ1928年だ。
まさに、神が造ったワインだ。
美味しいなんていうレベルではない。
このまま死んでもよいと本気で思った。

その8ヶ月後、また参加できた。
今度はロマネコンティ1954年
偶然にも自分のバースデー・ヴィンテージのロマネコンティを飲むことができたのだ。
これがまたすばらしい。天国へ行った気分になった。

ワイン好きにとってはバースデイ・ヴィンテージのワインを飲むことが夢である。
1954年のフランスワインは出来の悪い年でほとんど市場にでていない。
どっぷりと棺おけに首まで浸かっていたのを気づきながら、幸せの絶頂期であった。


数年後、最後にロマネコンティを飲んだのは素敵ハウスであった。
1940年だが、以前のそれよりは味が少し落ちていた。

頂点があれば次は下って行くのが世の中の慣わしで、
最後のロマネコンティを飲んだ頃から私のバブルは崩壊していた。

そして現在、
相変わらずワインはほとんど毎晩飲んでいる。
ただ、1本500円のワインである。

ずいぶんと長い厄年が続いているが、そろそろ登って行きたいものだ。


                            FIN



2008・09・09
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2008年11月26日(水) 記事No.10
やがて、リーガロイヤルホテルのフレンチレストラン「シャトウ」へ行き始める。

フレンチにあわせて白ワインと赤ワインを飲む。

私には、まだシャンパンを飲む習慣はなかった。

以前からビールが苦手で、付き合いで飲まなくはないが、
美味しいと感じたことがないのだ。

発泡系が苦手だったのだろう。
だから、和食の店でも他の人はビールから飲むのだが、私は最初から冷酒を飲んでいた。


シャトウには、この頃まともにワインサービスを出来る人間がいなかった。
飲むピッチが早い私のワイングラスの中はいつも空っぽだった。

そのつど、自分でワインを注ぐ。

開業当初は大阪の本店から来ていた人達が徐々に帰ったものだから、
まともなサービスが出来ていなかった。

料理の味も落ち、もう来るのを止めようかと思っていた時に、
当時ソムリエを目指して勉強をしていたK田さんがシャトウの配属になった。

熱心な人で、料理の気に入らないところを聞き改善していった。
ワインサービスも完璧にできた。

シャトウに行く回数が増えワインも色々と飲んだ。
リーガロイヤルホテルの地下セラーには、開業当初から置いていたワイン達がほとんど手付かずの状態で飲み頃を向かえていたのであった。

白ワインは、よく飲まれるシャブリ以外は1990年代前半で、
赤ワインは1980年代前半を揃えていた。

というより飲む客がほとんどいなかっただけのことらしい。

総支配人が銀行系の人に変わり、シャトウではワイン半額セールを始めた。
瞬く間に、ヴィンテージワインの在庫がなくなってしまった。

売れないワインを置いておくよりも金に換えろということだったらし
い。
ホテルの販売価格は仕入れの3倍なので、半額でも利益がある。

その1年後、ボルドーワインが高騰して、、
シャトウで飲むと4万円だったシャトー・マルゴー1982年は、
酒屋で8万円の価格になっていた。
ちなみに今買うと20万円を超えている。

半額セールをした後、シャトウでは若いワインが高い価格で売られていた。



2008・09・08
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2008年11月26日(水) 記事No.9
日本酒、中でも吟醸、大吟醸の冷酒を好んで飲んでいた私にとって、
辛口の白ワインはほとんど抵抗がなかった。
むしろ、白ワインのほうがキレがよい。

ワインといえば白ワインばかり飲み続けていた私だが、

ふと、赤ワインを飲んでみたくなったのだ。

赤ワインを初めて飲んだのもチュー太郎であった。
マスターが出してくれたのは「ヴォーヌ・ロマネ」。

フランスはブルゴーニュ、コート・ド・ニュイのヴォーヌ・ロマネ村の
村名ワインであった。
ヴィンテージは覚えていない。

不思議なもので、自分が飲みたいと思って飲むと美味しい。

それから、チュー太郎へ行くたびに赤ワインを飲み始めた。

運のよいことに、1980年代のヴィンテージワインの在庫がたくさんあり、
やがて、飲みつくしてしまった。

興味が出てくると、ワインのことを知りたくなりワインの本を読み、
飲んだことのないワインを飲みたくなる。

飲みたいと思うと、居ても立ってもいられなくなる。

このあたりから、棺おけに片足が入り始めた。

42歳の誕生日を迎える頃であった。



2008・09・07
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2008年11月26日(水) 記事No.8
相も変わらずスコッチとニッカのモルトばかり飲んでいた私だが、
いつの間にか「松っちゃん」と呼ばれるようになった。

まあ、ご存知の方はご存知ですが、
ご存知でない方は、「レモンハート」というまんがを読んでいただければよろしいかと

近所のT君はバーボン一筋だが、
T店長はというと、ほとんどの酒を飲んでいた。

そして、いつの頃からか赤ワインを飲んでいた。

しかし、私はまだワインに興味が湧かなかった。

初めてワインを飲んだのは、リーガロイヤルホテルのフレンチレストラン「シャトウ」であった。

とある先輩が何かのお礼にと誘ってくれたのだが、
フレンチの初体験だった。
そこで飲んだワインがシャブリだった。

飲んだ印象は、
「フランス料理にはワインがええんかなあ」程度であった。

37歳の頃リーガロイヤルホテルの鉄板焼きに友人達と4人で行く機会があった。
ワインはやはりシャブリだった、
というよりシャブリしか知らなかった。

それから、ちょくちょく鉄板焼きに通い始めた。
そして、ワインはシャブリ以外にもシャブリ・プルミエとシャブリ・グランクリュというのがあることを知った。

その3種類を飲んだ後、本気で思った。
「俺はなんて凄いんだ」

白ワインを3種類飲んでワインを極めたと思っていた。

それから3年くらいは、白ワインと日本酒とスコッチを飲んでいた。

白ワインのレパートリーは、シャサーニュ・モンラッシェとシャトー・カルボニューを加えて5種類になっていた。
当時、鉄板焼きに置いていた白ワインのすべてだった。

数年後、江川卓の「夢ワイン」という本を読むことになる。
私は江川が巨人に入団してから巨人ファンをやめたくらい、
江川を嫌いだった。

嫌いだったのだが、ワインが好きなので読んでみた。

なんと、私と同じ体験をしているではないか。
彼も「シャブリ3種類でワインを極めた」と思っていたそうだ。

その本には、ワインのこと以外にも「空白の1日」について書かれてあった。
それ以来、江川に親しみを感じはじめた。



2008・09・06
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2008年11月26日(水) 記事No.7
チュー太郎へ行った私は、
この店がバーであることを初めて知った。

他に客はいなかったと思う。
「何を飲みますか?」と言われても、何を飲んでええのやら・・・

バック棚には知らん酒ばかり並んどるし、
カクテルもジンフィズかコークハイくらいしか知らんし、
行ってはみたものの 困った

いつも何を飲んでるのかを聞かれた。

「バーボン」

チュー太郎で初めて飲んだ酒が「ベンチマーク」だった。
一杯飲んで気に入ったのでキープをした。

その後、しばらくはおすすめのバーボンを飲んでいた。

通い始めると、常連さんと知り合い話しをする。
近所のT君と徳常に住んでいたT店長とよく話しをした。

二人とも、私なんぞおよびもつかない酒好きである。

T店長がスコッチを美味しそうに飲んでいたので、
「スコッチうまいで?」
と聞くと「うまいよ」というもんで、
数年飲んでなかったのだが、急に飲みたくなった。

彼と同じものを飲んだ。
「ザ.グレンリベット」だった。

「あ、うまいね」

それからスコッチにはまった。

それ以後、人に聞かれると「日本酒とスコッチ」というようになった。

私に初めて銀河鉄道を飲ませてくれた先輩とチュー太郎に行くことがあった。

話しの中で、

先輩が「日本のウィスキーにもスコッチがある」というもんで、
「日本でスコッチができるはずがないじゃないですか」と私が言うと、
先輩「あるよのうマスター」
チューちゃん「はい、あります。まあどちらが言うのも正いんですが」

と言って出してきたのがニッカの「北原酒15年」であった。

私「ほんまじゃ、スコッチと一緒じゃ」
先輩「ほやきんゆうたろーが」

それ以来ニッカのファンになった。

日本酒の話題になって、

私「美味い酒があるんですよ」
先輩「なにゆう酒ぞ、1回わしも飲んでみよ」
私「銀河鉄道ゆうて、うまいんですよ」
先輩「ばかよ、わしが若潮で飲ましてやったやつじゃろが」
私「あ・・・」

1年も経つと自分で見つけたと思っていた。
若干35歳であった。



2008・09・05
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2008年11月26日(水) 記事No.6
スコッチをあまり好きではなかった私は、いつの頃からかバーボンを飲み始めた。

フォアローゼスを置いている店が多くて、
以後、数年間スコッチは飲まなかった。

30歳で結婚と独立をほぼ、同時にした。

次の年、青年会議所へ入会をして、
酒を飲む機会が増えた。

例会やら委員会やらが、夜9時過ぎに終わってから、
食事に行ってビールを飲み、2次会、3次会、大抵4次会までウィスキーを飲んでいた。

やがて、とある酒屋がメンバーで入って来て、
日本酒の会に誘われた。

料理屋へ数種類の日本酒を持ち込んで飲むのだが、
吟醸酒を飲んで「うまい」と思った。

それから、日本酒にはまった。
その酒屋へ大吟醸をよく買いに行った。

ワインセラーの奥に日本酒セラーがあるのだが、
当時の私はワインに興味がなかったため素通りだった。

ある日、青年会議所の先輩が「日本酒が好きなら、ええ店に連れて行ったる」と言って若潮という料理屋へ連れて行ってくれた。

当時、その店はかなりの種類の日本酒を置いてあった。
そこで、銀河鉄道という酒を飲ましてもらったのだが、
めちゃくちゃ美味い。

完全に銀河鉄道のとりこになった私は、
以後、その店に通いはじめる。

友人を連れて行ったり、接待に使ったりしていた。


とある日、以前からどうも気になっていた店が近所にある。
モーニングの看板が出ていたから喫茶店かと思ったら、
いつの間にか昼は閉まっていて、夜はネオンがついている。

ふらっと寄ってみた。

この日から、チュー太郎との付き合いが始まったのです。



2008・09・04
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2008年11月26日(水) 記事No.5
限界を超えると苦しむということを学習した私は、その後の大学時代は
コンパがあっても二度とトイレに駆け込むことはなかった。

卒業後、設計事務所に就職した私は、
給料が安すぎて酒を飲むこともできなかったのであります。

工務店に就職した友人の初任給が11万円だったのに比べて、
私の月給は5万円でした。(ボーナスは皆無)

3年後、一級建築士になってから
やっと、月給が12万円になり(相変わらずボーナスは無し)
酒を飲みに行けるようになりました。

その頃スナックでは、
角瓶が姿を消し、オールドからリザーブになり、
スコッチウィスキーが主流でした。

パスポートとかホワイトホースをキープして、
8トラックのカラオケ全盛期で、歌うために飲みに行くようなものでした。

その2年前に、
仕事で建築確認申請を出しに行っていた先の●●土木事務所で担当事務をしていた女性に片想いをしておりました。

同業の友人の計らいで、一度だけデートをしたのだが、
私  「音楽の趣味は?」
女性 「アリスです。」
私  「???・・・」

私の当時の音楽の趣味は交響曲だったのです。

アリスなんて見たこともきいたこともなかった訳で、

だって、私の卒業設計のタイトルは「UNFINISHED」でして、

シューベルトの「未完成」を何百回も繰り返し聞きながら粘土で造形したものを図面にした訳で・・・

家に送っていく時、
私  「今度の日曜日会える?」
女性 「予定があります。」
私  「いつだったら会える?」
女性 「ずっといそがしいです。」
私  

1年半後、
カーショップへ行った時に、アリスのカセットテープを見かけて、
あの時のことを思い出した。

帰りの車の中でアリスを聞いた。

それ以来、アリスのファンになってしまった。
カラオケもアリスだけ歌っていた。

もちろん今も歌っています。


26歳の時点で、まだ酒を美味しいとは感じていなかった。




2008・09・03
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2008年11月26日(水) 記事No.4
はじめて酒を飲んだのは大学1年のとあるクラブの歓迎コンパだと思う。
日本酒しかなかったような気がする。
それから、一気飲みを勧められた記憶もないし、したこともなかった。
今思えば会場に十分な酒の量がなかったのではないだろうか。
特別な時意外は酒を飲む習慣はなかった。

1年生の11月から年末まで中華レストランでアルバイトをしていた時に閉店後支配人が系列のクラブへ飲みに連れて行ってくれて、勧められるままに飲んでいたらアブジンスキーなるものを飲まされた。
アブサンとウィスキーとジンを混ぜ合わせたものだが、「おまえ、強いな」と言われてその気になってしまった。

クリスマス頃に中学時代の友人が鳥取から帰省前に遊びにやってきて、下宿で日本酒の飲み比べをしたのだが、二人で日本酒を1升5合飲んで決着がつかなかった。

新居浜に帰ってから、正月の4日に二人でスナック(1階がピノキオという喫茶店で2階がスターというスナックだった)へ行ってサントリー角瓶をストレートで飲み始めた。
なにせ、自分の限界を分かっていない若造二人なわけで、もう少しで二本目も空になろうという時に友人がトイレに駆け込んだ。
あまり遅いのでトイレに行くと案の定戻していた。

そこで、友人が敗北宣言をしたのだが、こちらも頭の中がグルグルと回っていた。
店を出てタクシーに乗ったと思ったら、友人が窓を開けてまた戻した。
運転手が怒って車体にかかった汚物を洗えと言うのだが、友人はぐったりしていてこちらも呂律がまわらない。

なんとか許してもらって家まで着いたのが午前1時くらいだったが、両親が心配して起きていた。
友人の親からも家に電話がかかっていたのだが、その晩は家に泊まらせた。
「俺の勝ちじゃ」と勝利に酔いしれる・・・げっ

今度は自分がトイレに駆け込んだ。
一晩中苦しんで寝られなかった。

朝になって友人がすっきりした顔になっているのに、こちらは げっそり
と青ざめて夕方まで寝ていた。

その後、30歳くらいまでの間は限度を超えると一晩中苦しむ体質だということを知った。


私の酒人生は8話完結です。
興味のある方は、下の酒全般の文字をクリックすると全話見ていただけます。



2008・09・02
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