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2018年06月14日(木) 記事No.2020
まずは、濱上君心配してくれてありがとう

ブログの更新がないからと、2度も電話をくれました

私のがんの経過からいきますと

昨年7月のMRI検査でがんが消えて、残っているのはがんの跡だとの説明を担当医から受けました

3ヶ月後の10月のMRI検査では、新たに影が映っていて再発転移かもしれないと聞き

かなり落ち込みました

その後、今年1月のMRI検査では、影はあるものの変化なしで

4月に担当医が他の病院に転属したため、消化器内科で実質トップの医師が担当医になりました

前の担当医の上司にあたる人です

消化器内科のトップは病院長が兼ねているため、実質トップです

そして4月のMRI検査の結果、影は血液が流れ出たものと推測され

がんがなくなって1年くらい経つと説明を受け安堵した次第です

そして、2.5㎝くらいあるのはがんの跡で

がん細胞は死滅しているのではないかと思うとのことですが

完治したとの診断は出来ないとも言われました

証明をするには抗がん剤の服用をやめるしかないけど

それでもしも、がんが再発して今度は抗がん剤が効かなくなる恐れもあるので

このまま抗がん剤と検査は続けましょうとのこと

肝臓がんの存在を疑う腫瘍マーカーは1年半前に正常ななってから

現在までずっと正常値です

ただ、今はがんよりも糖尿病を改善するのが先決だと言われています

がんセンターの糖尿病外来の担当医も転属したので

新しい担当医に代わりましたが、とても熱心な医師で

毎回管理栄養士の栄養指導を受けさせられて

娘くらいの若い管理栄養士に説教されております

長い間ブログをさぼっていたのはPCゲームにはまっていたためでした

そんな訳で私は元気です


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2018年01月19日(金) 記事No.2018
先週の寒さが嘘みたいな気温で11度

これで陽が照っていれば春のようになる

曇り空でも風がないし寒くはない

今日は眼科へ眼底検査に行って来た

糖尿病で3ヶ月に一度眼底検査をしている

去年の今頃に眼底検査を受けた時はヘモグロビンA1cが6.0で

単純網膜症も消えていたので1年後でよいと言われていた

去年8月に四国がんセンターの糖尿病外来で診察を受け始めた時に

次の診察日までに眼底検査を受けるように言われていたのを忘れていて

9月の診察日の前日の昼過ぎに思い出した

あわてて近くの眼科へ行くと診察が終わっていて、午後休診となっていた

こりゃ、わや(大変)じゃと木曜日午後に診察をしている眼科を探して検査を受けた

車で行ったので瞳孔を開く目薬をせずに検査をしたら

眼底に出血があり単純網膜症になっているので、3ヶ月後は車に乗らないで来て下さいと言われた

3ヶ月後といえば、12月だったが行きそびれた

今月はどうしても行かないと、と思いつつも

その眼科は家からは非常に交通の便が悪い

その眼科というよりも、家からのバスが1時間に1本しかなくて

途中で乗り換えをしないといけない

それなら近くの眼科へ行ってみるか、と2日前に行った

そして眼底検査を受けると、目薬をしないでの検査で出血なしと言われた

血糖値も高くなっているしヘモグロビンA1cも8.3に上がっているし、そんなはずはないので

他の眼科で単純網膜症で瞳孔を開く目薬を入れて検査をするようにと言われたと話した

それなら1時間くらいかかるので、今日は午後から手術があるので日を改めて来るように言われた

時間を見ると午前中の診察が終わる10分前だった

それで今日、歩いて15分の距離にある眼科で検査を受けた

目薬を入れてから、ちょうど1時間かかった

やはり、単純網膜症だった

目薬を入れると半日は眩しくて車の運転はできない

交通の便がよくない眼科では目薬を入れないところが多い

車で来られないから患者が減るというのが理由

でも、私のように悪いところが見つかれば目薬を入れて瞳孔を開かせて検査をする

歩いて往復で30分なら散歩ついでになるので、次も近くの眼科へ行こう

血糖の管理ができれば、まだ消えるけど

出来なければ失明の可能性もある

先日、糖尿病外来では尿タンパクが出ていて腎機能が低下していると言われた

このままだと人工透析の恐れが出て来る

糖尿病は恐い

でも、がんはもっと恐い

夏木陽介が腎臓がんで亡くなっていた


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2018年01月15日(月) 記事No.2013
私が肝臓がんになった報告を弟にした時に言われた言葉

正確に言うと余命半年以内と宣告を受けてから半年経ってから

それまでは弟にさえ言っていなかった

東京にいる弟に言ったところで、いつ肝臓が破裂して死ぬかも分らない状態で言う気もしなかった

父が膀胱がんの手術をして前立腺がんになっていると分った時に

そのことを弟に伝えるために電話をしたついでに、私のがんも報告をした

その頃には余命半年は取り消され、がんも小さくなっていた

製薬会社に勤務している弟は

医学は急激に進歩しているので、とりあえず生きていれば

そのうちにがんの特効薬もできるとの事だった

そのうちがいつかは分らないけど

現在研究されている第4の治療法が免疫療法

保険の適用外だから治療できる人は限られているし

私にはとてもそんな金はない

でも抗がん剤と併用して現在飲んでいるサプリメントも、βグルカンで免疫療法と呼べなくはない

昨年7月のMRI検査で、がんは目視できないと言われた3ヶ月後に

それが間違いでがんは残っていて、新たな影がある

それを聞いた時は結構落ち込んで、サプリメントは効いていなかったのかとも思ったりもした

抗がん剤の治療費にプラスしてサプリメントの月3万円は大きな出費だ

それでもサプリメントを止める気にはなれずに続けている

検査の度に一喜一憂をしているのが、がんの闘病なのかもしれない

がんの大きさは9ヶ月変わらずだけど

少なくとも1年半前に比べるとがんも極端に小さくなっているし

肝臓破裂の危険性もかなり少なくなったし

当初あった無数の小さながんもなくなっているし

新たに見える小さな影も大きくはなっていない

腹部が痛い訳でもなく、しんどい訳でもない

弟が言うように生き続けていれば、特効薬ができて保険適用になるのかもしれない




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2018年01月12日(金) 記事No.2009
今日は3ヶ月に一度のMRI検査で松山の病院へ

朝6時半、八幡神社にお参りに行くと水たまりが凍っている

気温は-1.6度

調べてみると国道11号線桜三里はチェーン規制中

チェーンは持っていない

高速道路は通行ができそうなので西条から高速道路に乗った

桜三里パーキングのあたりで道が凍っているようだ

松山道0112

速度を落として川内インターで降りると国道は大丈夫だった

8時過ぎに四国がんセンターへ到着

受付をして検尿と採血

8時半から診察開始で、今日は意外と待ち時間が15分と短い

採血が終り、針を抜いたと思ったらブザーが鳴り

何だろうと見ると、MRI検査室へ行って下さいとの表示が出ていた

MRI検査の予約は9時50分なので1時間も早い

看護師に聞くと、たぶんキャンセルが出たんでしょう

急いでMRI検査室の受付に行くと、すぐに入って下さいと

それからMRI検査で約50分

検査が終わって着替えをしていると、またブザーが鳴り

今度は糖尿病外来へ入って下さいとの表示

予約は11時の予定なので、これも1時間早い

MRI検査をしている間に血液検査の結果が出ていた

糖尿病外来が終わって、消化器内科で受け付けをしてから

ブザーを預けて近くの徳威三島宮へお参りに行く

MRI検査の結果が出るまで1時間はかかるので

40分外出しますと受付に伝えて外へ出て行く

院内のローソンで缶コーヒーを買う

MRI検査の日は3時間前からコーヒーも控えるようにと言われていたので、6時半以降飲んでいなかった

神社へ歩いて行く途中に公共の喫煙所があり、ベンチに座ってコーヒーとタハコを一服する

そこから歩いて5分で神社に着く

と言っても喫煙所の隣は神社の境内だがブロック塀があって入れないので

境内の周りを半周してから鳥居をくぐる

手水舎で手を清めようと見ると水が凍っている

手水舎0112

水が落ちてきているところの氷が溶けていたので手をすすぐ

それからお参りをする

徳威三嶋宮0112

がんになってから、3ヶ月に一度のCT検査やMRI検査の日には必ずおみくじを引く

今日で6度目のおみくじ

これまで大吉が3度、中吉が1度、末吉が1度

なぜか、検査結果を聞く前のおみくじがよく当たっている

今日は小吉だった

いつも重点的に見るのは病気

「医師を選べ 治る」

意味深な言葉だ

県内には四国がんセンターより優れた病院はないはずだが・・・

病院へ帰りながら考える

担当医を代えてほしいなど言えるわけがない

それも、おみくじで出たからなんて

神社から歩いて10分で病院に着き、受付でブザーをもらう

いつも長い間待つので、今日は先に聞いてみた

何人待ちですか?

「少し遅れているので4人待ちです」

「あ、今の患者さんが出るまで他の人の検査結果が出なかったら早いかも」

図書コーナーへ行き本でも読もうかと思っていたら、ブザーが鳴った

なんと、今日はえらくスムースにいくなあ

消化器内科の診察室へ入り検査結果を聞く

血液検査は異常なし、腫瘍マーカーも正常値

MRI検査でがんは小さくなってからは変わらず

前回見つかった肝臓内の影は2ヶ所で特に大きくはなっていないので

転移かどうかの判断はつかない

抗がん剤がよく効いているので、このままの治療を続けましょう

「ところで、通院は遠くて苦になりませんか?」

「近くの方が通いやすいのではないですか?」と聞かれた

新居浜市内の総合病院へ移る気はありませんと答えた

ん、おみくじの言葉はこのことだったのか?

だってね、今後悪化した時のことを考えると他の病院は考えたくないですし

同じ死ぬにしても、がんセンターで治らなければ諦めもつきますから

今日はことのほかスムースに流れた

こんな日もないとね

病院をあとに帰路につく

帰りは国道から帰ってみよう、もう昼だしチェーン規制も解除されているだろう

国道11号線を新居浜に向かい桜三里にさしかかると、なんと雪化粧

桜三里20112

桜三里0112

これでは早朝はチェーン規制されるはずだ

駐車場は雪が凍ってアイスバーンになっている

今日は久々に早く帰れた

やはりこの状態はがんの闘病中なんだろうね

自覚症状はないのだけど


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2018年01月07日(日) 記事No.2004
星野仙一さん膵臓がん急死の衝撃

がんで亡くなった人のニュースを見る度に我が身を考えずにはいられない

星野仙一さんは70歳で亡くなった

健康な人から見ると、死ぬには若すぎた年齢

小林麻央さんが34歳で亡くなった時には、私もそう思いながら

やはり自分の肝臓がんのことを思う

星野仙一さんは70歳

私は63歳

今思うのは70歳まで生きさせてほしい

私が肝臓がんで余命半年以内と告知されたのは1年半前

今のところ体内のがんは悪さをしていないので、告知よりも1年も長く生きている

自分が「がん」だと知ってから、それまでの何倍も自分の周りの人の「がん」を知ることになる

この1年半の間に何人も亡くなった

その度に、自分はまだ生かされていると神様に感謝をする

私の肝臓がんが見つかった時は、ステージ3で直径7㎝のがんと無数の小さながんが肝臓内にあり

大きすぎて、他にもあるため手術不能で抗がん剤治療になった

抗がん剤が合うかどうかを見るために最初1週間入院をして

しばらくの間は週に1度の通院で血液検査をしたり、抗がん剤の副作用を見たりした

月に1度の腫瘍マーカーの検査と3ヶ月に1度のCT検査で

「がん」が少し小さくなると2週間に1度の通院になり

また少し小さくなると3週間に1度になり、今は4週間に1度通院をしている

当時は大きすぎる「がん」が他の臓器を圧迫して

肝臓がいつ破裂するか分らないと言われていたので

比べれば今は小さくなった「がん」が破裂する恐れは少なくなっており

腫瘍マーカーも正常値を保っている

それでも「がん」が抗体を持つと、抗がん剤が効かなくなると医師から言われている

相変わらず死に直面していることに違いはない

昨年7月のMRI検査では「がん」は目視出来なくなったと言われたのに

10月のMRI検査では「がん」は同じ大きさで残っており

肝臓内に新しく影が見えると言われた(7月のが誤診だったのか)

今月12日にまたMRI検査がある

検査の度に不安になるが今回は特に不安だ

「がん」が活発になるとやばい

急死はかんべんしてほしい

肝臓に手を当てて「がん」に言う

「俺が死んだらお前も死ぬんだから共存しよう、これ以上成長するな」と

現在設計中の住宅のリノベーションの完成を見届けることが今の願い

それが叶えば、また欲が出てくる

こんなふうにしながら、案外と平均寿命まで生きるかも


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2017年12月31日(日) 記事No.1996
もう大晦日になりました

一昨年の6月に余命半年のがん宣告を受けて

去年も越せないかもと思っていたけど

2017年も今日で終わり

明日は2018年

どうやら今年も越せそうです

人の生死は運命

がんと共存しているので、相変わらず死に直面をしていることに代わりはないけど

神様に生かせてもらっています

昨日の夕方から急に肩が痛くなり、夜には左腕が動かなくなり

今年の大掃除は途中で断念しました

28日に神棚の掃除は終えていたので不幸中の幸いでした

生憎とかかりつけの医院は昨日で終わったので

今朝、近くの総合病院に時間外で診察を受けました

問診票に現在治療中の病気を書くところがあり

肝細胞がんと糖尿病と高血圧を書くと

当直の担当医から整形外科の医師に代わり

検査も念入りにしてくれて、血液検査とレントゲンとCT検査をして

診察で、まずは「がん」の骨への転移はありません

やはり、そこを疑うか

結局は肩の関節炎との診断で薬と湿布薬をもらい

1月4日に整形外科の受診をする予約票をもらいました

1月中旬にはまた3ヶ月に一度の肝臓のMRI検査があります

近づくとやはり緊張をします

がんは大きくなっていないかとか

10月の検査で見つかった新たな影はどうなっているのかとか


今年の漢字は私にとっては「病」です

今年は私とおなじく父も前立腺がんで2ヶ月の放射線治療を終えた訳で


不思議なのは長年決して病院で検査をしなくて

でっぷらと肥えていて絶対に糖尿病だと思っていた家内が

12月に何故か検査をして

結果を見て驚いたことに、全くの健康体でした

家内は長生きをしそうです

90歳の父の生への執着はかなりなもので

91歳の認知症の母を看取るまで死ねないと言っています

私は一昨年余命宣告を受けた時に、すでに覚悟はしているものの

欲をいえば両親よりも先に死にたくはないので

「両親よりも長く生きたい」と神様にお願いをしています


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2017年11月28日(火) 記事No.1983
10月4日からがんの放射線治療で、四国がんセンターへ入院をしていた父が今日退院しました

今日が最後の放射線治療で、終了後に松山まで向かえに行きました

近くの人なら通院するし、若い人も通院するらしいけど

高齢で通院が大変だということで入院をさせてもらいました

父も最初は母の事が心配なので自分で運転をして通院をすると言っていたけど

90歳で毎日松山まで通院は、息子としては心配で

母の世話は、家族みんなでするからと説得をして入院をさせました

父が入院をしている間、家内と娘2人が認知症の母の世話をしてくれたけど

父がいないと母の認知症の度合いが悪くなり

私や娘が誰か分らないくらいになっている

父が帰ってきたので、少しは良くなると

家族みんなが願っているしだいです

私はほとんど母の世話をしていないので、忘れられても仕方がないけど


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2017年11月20日(月) 記事No.1979
寒くなり冷え込みが厳しくなりました

と言っても、まだ11月ですよ

4日前の夜、灯油ファンヒーターを出しました

11月に暖房を入れたのはたぶん初めてです

いつも12月に入ってからで、夜は少々寒くても厚着で我慢してました

寝る時もほぼ真冬並みです

2週間前までは掛け布団1枚で快適だったのに

順々に増やしていき

掛け布団の上に春秋用寝袋を開けて掛ける

これは結構熱が逃げなくて暖かい

次に足下が冷えるので、から1/4くらいに毛布を掛ける

さらに肩が冷えるので、ダウンの膝掛けを布団に潜り込ませて肩に掛ける

正月からは敷きシーツを敷き毛布に替える

もっと寒くなると、冬用寝袋を開いて全体を覆う

これで寒い冬も完璧です

北海道にでも住んどるのか?

いや四国の温暖な瀬戸内沿岸です


灯油ファンヒーターを出したのには少し訳があって

私が毎日飲んでいる薬は抗がん剤を筆頭に糖尿病、高血圧、痛風etcと10種類あり

2週間前にゴミと間違がえて捨ててしまった

慌てて予備の薬を探すと抗がん剤は2週間分残っていて

糖尿病の薬は食前に飲む1種類だけ以前かかっていた病院でもらったのがあったので

あとは2週間なんとかなるかと安易に思っていたら

4~5日後に血圧が異常に高くなり、慌てて近くの病院で血圧を下げる薬と糖尿病の食後に飲む薬を処方してもらいました

200近くあった血圧が170くらいまでは下がったけど、まだ高いので暖房を入れると130台になり

それから昼間から暖房を付けている次第です

抗がん剤を飲み始めるまでは血圧は正常だったんですけど、副作用のようです


この間、近くの病院へ行った時に動脈硬化の検査をしてもらったら

身体年齢は67歳で血管年齢は90歳以上と言われました

もっと健康管理をしないと・・・


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2017年11月19日(日) 記事No.1978
一昨日、月に一度の検査で四国がんセンターへ行きました

検査結果を聞く時はいつも不安で緊張をするけど

今回は血液検査の結果を聞くだけなのに、腫瘍マーカーが上がっていないかと特に不安でした

と言うのも、7月のMRI検査の時に「がん」が目視できなくなっていると言われて

嬉しくなり多くの人に「がん」が消えたと報告をして

友人からはお祝いまでしてもらったし、少し不摂生もしておりました

それまで節制をしていたアルコールの量が増えて、サプリメントも半分に減らして3ヶ月

7月の血液検査で100を切っていたγGTPも168に上がった

祭り明けの10月20日に3ヶ月に一度のMRI検査を受けた時は

結果待ちの時間に近くの神社へお参りに行き

自分の恒例になっている3ヶ月に一度のおみくじも「今日はもう引かんでもええかな」

とは思いつつも「やっぱり、今年いっぱいは引こう」と引いたおみくじ

大吉が多かった中で珍しく中吉

それから1時間半後に診察室

いつもは検査後1時間で呼ばれるのに、その日は2時間かかった

主治医から出た言葉は「がんは小さいままですね」

「いや先生、3ヶ月前の検査ではがんは目視出来ないと言うたじゃないですか」

主治医「そうでしたかね、CTでははっきりと写らないので・・・」

私「前もMRIでしたよ」「それでがんは何㎝なんですか?」

主治医「約2.5㎝ですね、それよりも気になる事があって、別の場所に影があるんですよ」

「もしかすると再発の可能性があるので今後の検査を続けましょう」

「それにしても薬がよく効いていますね、今までの患者さんでこんなに効いた人は初めてです」

私の心の声「ガーン・・・」

去年の6月には長くて余命半年と言われていたのだから有難いと思えと言うことか


と、まあそんな訳でまたアルコールの節制とサプリメントの回数を元に戻して「がん」と共存をしようかと

毎月の腫瘍マーカーを気にしながら、一昨日の検査では正常値でした

腫瘍マーカーが基準値の150倍あった時でも余命半年だったのだから、まだ1年は大丈夫か

しかし長期の仕事を受ける時には施主さんには了解をもらわないといけないね


10月20日に引いたおみくじ 運勢 中吉 病気 気遣いしすぎるな

しかし、この神社のおみくじは心に響く



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2017年11月15日(水) 記事No.1977
秋も深まり、もう初冬です

昨日は私の63歳の誕生日でもあり

認知症の母の92歳の誕生日でした

奇遇にも母と同じ日に生まれました

認知症になるまでは

もう何年になるだろうか?

症状が出始めたのは6年くらい前になるかなあ

今は体調がよい時には私が誰かわかるようだけど

悪い時には、あんたは誰かいねえと言う


そんな母はいつも言っていた

「あんたの考えとることは何でも分かるんじゃけん」

3年くらい前に

「ぼくが何を考えとるか分るん?」と聞いたら

母は「分らん」と答えた

父が主に母の世話をしていたけど

40日前から放射線治療のため四国がんセンターへ入院をしていて

今は家内を中心に娘たちも世話をしている

週に4日デイサービスに通っていて

帰ってきて夕方になり暗くなると

「もう暗くなったけん家に帰らんと」と言う

「ここは、お母さんの家じゃけん」と言うと

半分疑いの目で「ほう?」と言う

父が治療を終えて帰って来るのは今月末

帰って来れば、母も少しはよくなるかも知れない

家内も娘たちもよく世話をしてくれているけど

父の母への愛情には勝てないらしい

母に接している時間がいちばん短い私は論外です


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2017年10月09日(月) 記事No.1968
先日、父が松山の四国がんセンターへ入院をした

私より半年遅れて今年の正月に膀胱がんが見つかり地元の総合病院で手術をして

その時に前立腺の細胞を取って検査をしたら、前立腺がんんになっていた

地元の総合病院には家族で数十年前からお世話になっている

とは言っても、がんに関しては愛媛には四国がんセンター以上の病院はない

私が四国がんセンターへ通院をしているので、父にも転院を勧めた

膀胱がんの時には緊急入院だったので、地元の総合病院で手術を受けたけど

担当医師に紹介状を書いてもらい、四国がんセンターで診察を受けた

父の年齢が90歳と高齢なので手術はしないで放射線治療をすることになり

6月くらいからホルモン治療を始めてから、当初は8月末の予定がずれ込んで

10月4日に放射線治療のため入院をした

近くの人は毎日通院をしているらしいのだけど

新居浜からだと車で片道約2時間弱かかるし

90歳の父は当初、自分で運転をして行くと言い張ったけど

高齢の父に運転をさせるわけにもいかず

かと言って、私が毎日送り迎えをすると仕事が出来ない

家内は認知症の母の世話をしているので手がとれない

担当医師に相談をして入院をすることになった

11月末まで2ヶ月の間入院をする

これまでは母の介護は主に父がしていて、家内は補助をしていた

これから2ヶ月間は家内が主に母の介護をして

夜は娘達2人が母の隣で寝て、夜中のトイレに連れて行ってくれる

母は車椅子生活で補助がないと一歩も歩けない

補助があっても精々10歩くらい

トイレは自分で行かないと、おしめは嫌がる

そんな母は父よりひとつ上の91歳

週に4日デイサービスに行っている

家内や娘達がいなければ、とても家庭での介護は出来ない

家族の中では私が一番介護をしていない


最近、父がよく口にし出した

「わしは長く生きすぎた」と

認知症の母を看取るためだけに生きているように思う

それでも子としては親には長生きをしてほしいと思う


私は1年と4ヶ月前に余命半年以内の肝臓がん宣告を受け

抗がん剤治療をしている

7月末のMRI検査で

当初7㎝あった「がん」と無数の小さな「がん」が目視できないほどになった

今月20日にまたMRI検査がある

いつまで抗がん剤を飲み続けないといけないのか分からないが

親よりも先に死ぬ不幸はしなくて済みそうだ


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2017年08月14日(月) 記事No.1917
今日、昼過ぎに仕事場東側の草を引いて玄関から入ろうとしたとき

西から歩いてきた年輩の女性が立ち止まり、私をじっと見た

近くの総菜屋の袋を下げている

どこかで見たことがあるような気がするが、近所の人かな?

すると、近藤君?と聞かれたので思い出した

中学の同級生で、たしか関西に住んでいるはず

お盆で里帰りをしたようだ

「同窓会でガンだと聞いたんだけど」

「え、同窓会は明日じゃなかった?」
明日の8月15日は中学の同窓会がある

「ああ、高校の同窓会よ」
高校は別だが、誰に聞いたのか?
そう言えば、私の大学の同級生と同じ高校へ通っていたなあ
1ヶ月余り前に仕事場へ来たときにガンだと言ったな

「山内に聞いたん?」

「そうよ」
それで話がつながった

どうやら、彼女のご主人も私と同じ肝臓がんとのこと

発覚したのは9年前というから古い

今も治療を続けているとのことだ

私が飲んでいるネクサバールという抗がん剤も飲んだことがあるけど

副作用がひどくて他の治療をしているらしい

話を聞くと担当医師によれば、ネクサバールは確率は低いが身体が合えば特効薬のように効くらしい

ガンが消滅した私は運良く、低い確率に当たったらしい

ちなみに、大学の同級だった山内君の父親も肝臓がんで数年前に他界した

ほんの10分ほどの立ち話だったけど

ガンで亡くなった人が多い中で、私のように抗がん剤でガンが消滅したというのは運がよい


仕事場に帰りインターネットで「ネクサバール がん消滅」で検索をしてみた

すると、少ないけど実例があった

しかし、私が真宝というサプリメントを飲んでいるように

ガンの宣告を受けた人の多くが、何とか助かりたいと

ガンによいとされる何かをしている

さて、私の場合は

ガンが消滅したのは抗がん剤だったのか、真宝だったのか、その両方だったのか?

やはり、人の運命は天に委ねられている


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2017年07月24日(月) 記事No.1894
血液1滴、がん13種早期発見…3年めど事業化

「がん」を早期で見つけるのはなかなか難しくて

私の「肝臓がん」の場合も症状が出てからだから

かなり進行をしていた

手遅れで亡くなった人も多い

いくら病院へ通っていても、普通は腫瘍マーカーの検査は入っていないし

人間ドックでさえ腫瘍マーカーの検査はオプションらしい

2人に1人は「がん」になる世の中

一度に13種類の「がん」が95%の確率で発見できるなら

早く事業家をしてほしい

医学の進歩はすごいね


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2017年07月21日(金) 記事No.1888
今日は3週間に1度の「がん」の定期検査と

1年ぶりのMRI検査を受けに松山の四国がんセンターへ行きました

血液検査は前回に比べて糖尿病のヘモグロビンA1cが少し改善されて

肝臓のγGTPも久々に100を切り改善された

そして3ヶ月に1度の造影CTで前回は「がん」の大きさが2㎝に縮小しており

肝臓内の多数あった小さな「がん」も数が減っていた

MRIは去年の6月に初めてがんセンターで受診をした時以来2度目

去年の6月には「がん」の大きさが7㎝で肝臓内に多数の小さな「がん」があり

余命が最大で半年、肝臓がいつ破裂してもおかしくない状態で

リンパ節への転移は時間の問題と診断されて死に直面をした

ショックというよりは運命と受け入れるしかなく

自分が死んだ後のことを考えて終活をしながら抗がん剤治療を始めた

医師からも抗がん剤は「がん」を根本から治癒するものではないので

効くかどうかは人によって違うし

たとえ効いても延命が目的で、いずれ「がん」が抗体を持って効かなくなると聞かされていた

3ヶ月に1度の造影CT検査で「がん」が小さくなるたびに奇跡だと言ってくれるけど

最後にはいずれ効かなくなると言われ続けてきた


最初は来年の正月を迎えることができるのだろうか?と思いながらも

「溺れる者は藁をもつかむ」で自分で調べて、「がん」によいということは何でもやろうと

朝食を食べる習慣がなく野菜も食べなかったので

食生活を変えて、トマトとレタスを毎朝食べ始め野菜中心の食事を心がけた

医師は食事の制限はないと言ったけど

牛乳タンパク質が「がん」を増殖させると知り

牛乳タンパク質が多く含まれているヨーグルトとチーズと牛乳を止めて

次に獣の肉がよくないと知り鶏肉だけにした

たまには牛肉も豚肉も欲しくなり食べるけど極端に減った

3ヶ月に1度くらいは焼き肉を食べたり、カツ丼を食べたりもした

抗がん剤と併用をしてβグルカンのサプリメントの「真宝」を1日3~4袋食べ続け

アルコールは最初3ヶ月は完全に止めていたけど

「がん」が小さくなり始めてビールを少し飲むようになった

元々自分に優しい性格のため根気がないと言われている

好きなものを完全に断ち切ることが出来ないので

わりといい加減な「がん」との闘病生活をおくっている

「がん」になって続いているのは

高松の田村神社にある境内社のそばくら神社でいただいた病気平癒の御守りを

風呂に入る以外は肌身離さず首からぶら下げていることと

4年前から神様とお塚さまへのお祀りとお参りをしていること

今年の7月15日で四年が経ち

今日のMRI検査の結果、画像から「がん」が消えました

医師いわく、目に見えないだけで細胞レベルでは残っていると思うので

抗がん剤治療は続けましょう

「それにしてもここまでになるとは奇跡的なことですね」


3ヶ月に1度の検査のたびに、がんセンター近くの徳威三嶋宮で

検査結果を待つ間にお参りをして

おみくじを引いたのが5度目

今日も大吉でした


神様に助けられました





しかし、悪いことをひとつ

「がん」になっても、今までやめられないのが

1日40本の喫煙

タバコをやめられない言い訳を自分にも他人にも言ってきたのが

「タバコはがんになりやすいけど、すでにがんだもの」「治ったらやめるよ」


大吉のおみくじには見透かされたかのような言葉が

「改めかえてすれば望事叶い喜び多し」


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2017年06月30日(金) 記事No.1849
前回がんセンターへ検査に行ってもう3週間が経った

今日は家を出たときは雨が降っていて、帰りには晴れた

今月は2度目なので、血液検査も腫瘍マーカーやヘモグロビンの検査はなし

いつものように病院近くの徳威八幡宮へお参りをして

帰りには周ちゃんひろばへ寄って、トマトとキュウリと長女の好きなヨーグルトを買った

今度は3週間後にMRIの検査がある

またがんが小さくなっていればよいのにと願う


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2017年06月23日(金) 記事No.1835
「がん」で亡くなった有名人のニュースを見ても

近所の人や知人が亡くなったと聞いても

世の中に「がん」で亡くなる人は多いなあと思っていた

1年前に自分が「がん」だと知り余命の宣告をされると状況は180度変わった

まさか自分が「がん」になっているとは

そして保険が適用される標準治療しか受けることができないのだから

できるだけのことはやってみよう

そして亡くなった知人や近所の人のことを思い出し

あの人は○○病院に入院をしていて亡くなった

この人は●●病院で治療をしていて再発して亡くなった

できるだけ可能性のある病院へ行こうと四国がんセンターを選んだ

すでに手術ができない状態に進行していたので抗がん剤治療を始め

1週間入院の後、週に1度の通院をしながら食生活も変えた

サプリメントを飲み神様にもお祈りをした

そして身の回りの整理を始めて、いつ死んでもよいように終活に入った

抗がん剤治療を始めて月に1度の腫瘍マーカーの検査と

3ヶ月に1度のCT検査で、少しずつ「がん」が小さくなっているのを知ると

今度は希望がわき、心に余裕もでてきた

それでも医師にはずっと「抗がん剤はいつか効かなくなる」と言われ続けている

不安と希望の中で1年が経った

小林麻央さんが乳がんでブログを書き続けているのを見た

何年か前にテレビで観てからファンだった

自宅療養になってから治療を断念したのだろうと察した

今朝のヤフーニュースで異変が起こったようだと知った

14時半から会見があるのではっきりするだろう

今も私の周りには「がん」を治療している人が何人かいる

一番身近なのは自身の父親で、伯母も叔父も治療している

私自身も小さくなったとはいえ「がん」と共存中だ

亡くなる人もいれば治る人もいる

人の運命は神様にしか分からない


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2017年06月13日(火) 記事No.1819
父親が心臓大動脈弁置換手術を受けた2~3日後に

東日本大震災があったのでもう6年が経ちました

最初は何ヶ月かに1度、外来で倉敷中央病院へ連れて行っていたけど

今は年に1度の検査になっており、もう1年が経った

今日は朝7時に出発して9時に倉敷へ到着

それからいくつかの検査をして、診察の順番が来たのは午後1時半

これまでも心臓は順調で今日も問題はなかった

2年前には同じく倉敷中央病院で足の血管の手術を受けていた

足の血管手術のケアは地元の総合病院で受けている

足が痛いらしいのだけど、90歳の年齢だから仕方がないと言われてきた


今日の医師は初めての診察で、カルテを見ながら足の事を聞いてきた

今までは歳をとっているから仕方がないと言われてきたと説明をすると

初めて反応してくれて、それではこちらで診ましょうと

足の血管の検査を追加で受けた

次の診察の予約を8月でどうですか?と聞かれたので

「実は父はがんで、8月から放射線治療のために四国がんセンターへ2ヶ月入院をすることになっているんです」

すると、がん治療を優先させてこちらへは半年後に来て下さいと予約を入れてくれた

今日の検査結果と半年後の検査で進行具合を診てくれることになった

今までは歳だからと言われてきたのに、40過ぎの若い医師は前向きに診てくれた

よい医師に出会えたと親子で喜んだ


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2017年06月09日(金) 記事No.1814
市内の総合病院で肝臓がんが見つかったのは、去年の6月4日(土)の夜時間外診療でのCT検査

肝臓に影があるのでと再度造影CTを撮った

この時の宿直医は外科の医師で、月曜日の朝に肝臓の専門医の診察を外来で受けて下さいと言われた

健康診断は何年も受けてなかったが、自分で異変に気づき夜中に電話をかけてから1人で行った

6月6日に外来で肝臓専門医師の診察を受けて、明日家族と一緒に来て下さいと言われた

家族を連れてこいとの言葉で「がん」というのは察したけど、手術をすれば何とかなるだろうと内心は思っていた

医師からがんと宣告されたのが6月7日で、「がん」がかなり進行しており手術はできないと言われた

肝臓がんの中でも特異で、がんが静脈を巻き込んでいて破裂の一歩手前だと言う

治療方法は3種類あるけど、延命目的でどの方法でも完治しません

その間に破裂したらいつ死ぬか分からない

ご愁傷さまといった表情だった

まずは入院をしてもらって、どの方法で治療しますか?

医師の言葉を遮って「がんセンターに紹介状を書いて下さい」と言った

「いいですよ」と二つ返事で、がんセンターの診察予約を取ってくれた

少しでも早い方がよいと6月10日に診察を受けられるようになった

去年の6月10日は家内の運転で父にも一緒に行ってもらった

肝臓破裂の危険があるので自分で運転はできない

すでに梅雨入りをしていて、雨の中がんセンターへ向かう

気分は最悪で落ち込んでいた

そして血液検査とMRIを撮り診察を受けた

市内の総合病院の医師とほぼ同じことを言われた

前の病院では血液検査の結果は見せてくれなかったけど

がんセンターでは説明を受けた

腫瘍マーカーのPIVKA-2ECLIAが0~39までが正常値なのが

私の場合は5156と、とてつもなく高い

余命は最高で6ヶ月、肝臓の破裂は今ここで起きても不思議でない状態と言われた

20160610.jpg

あれから今日でちょうど1年が経った

7㎝あったがんは4月末のCT検査で2㎝にまで縮小しており

腫瘍マーカーのPIVKA-2ECLIAは去年の8月からずっと正常値を保っている

20170609.jpg

肝臓破裂の危険もかなり弱くなっていて(自分では破裂はしないと思っているけど医師は可能性を否定しない)

今では自分で運転をして3週間に1度通院をしている

抗がん剤の副作用も途中ではあったけど今はない

余命6ヶ月は去年の10月のCT検査で3.5㎝に縮小した時に取り消された

落ちていた体重も完全に元に戻り、顔色も当時は死相が出ていたらしいが今はよい

がんに栄養を吸い取られていたせいで糖尿病が改善されていたのが、また悪くなった


松山まで1時間半、通院をするのにも気持ちに余裕がでている

梅雨に入ったけど昨日に続き今日も晴天

中山川河川敷のサギも元気そうだ

サギ0609

冬には雪化粧だった石鎚山も新緑

7月1日には石鎚山の御山開き

去年は石鎚頂上社で病気平癒の御札をもらってきてもらった

今年も登るというので知人に頼んでいる


医師も認める奇跡的な回復は神様のおかげだと感謝している


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2017年05月19日(金) 記事No.1771
今日は3週間ぶりの病院での検査

家を出るのが少し遅れて午前7時15分に出発した

出るのが7時を過ぎると車の通りが多くなる

対向車線では住友の工場への通勤で渋滞している

西条市を抜けて小松の中山川の河川敷にはサギが群れで生息している

サギ0519

ここのサギは渡り鳥で、春になると卵を産みにやってきて

冬の訪れと共に南へ渡っていくようだ

時々カメラを据えて撮影をしている人を見かける

家の周りにもサギはいるけど群れをなしておらず年中いる

中山川沿いの道路を西に向かい国道11号線に出ると桜三里の手前

桜三里は4月には桜がきれいだが、今は新緑の季節

木々の緑が生命感にあふれている

桜三里0519

思えば去年の今頃、肝臓がんが発覚して余命半年以内と宣告された

あれからもう1年近くになるのか

初めてがんセンターへ行ったのは、梅雨入りした頃だったか

肝臓破裂の危険があったので、家内が運転する車に乗せてもらって、父親にも付いていってもらった

退院後、しばらくは家内に週に1度家内の運転で通院していた

正月を迎えられないと思っていたので

同じ景色でも全然違って見える

秋からは自分で運転をして通院している

4月末の5度目のCT検査で、やっと生きられる希望を確信できた

抗がん治療はずっと順調だったけど、知り合いががんで死んだと聞く度に不安が増していた

がんセンター0519

今日の血液検査もがんの腫瘍マーカーの数値は異常なしだった

最近は毎回担当医に言われている

「長くない命だと思っていたので、好きなことをしたらいいと思っていましたが

薬が予想以上によく効いているので、もっと長生き出来るように

身体に悪いことはやめるように努力してください

特にアルコールとタバコは出来るだけ控えるように」


それにしても、生きているというのはいいものだ

病院で検査結果を待つ間、近くの徳威三嶋宮にお参りに行く

三島宮0519

本殿

本殿0519

大黒様

大黒様0519

境内社

境内社0519

最後はやはり神だのみ

「がん」にかこつけて1年もぶらぶらしてしまった

本腰を入れて仕事に復帰しないと


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2017年05月16日(火) 記事No.1757
現在、定期的に通っている病院は2ヶ所

がんセンターと近所のかかりつけ医院だけど

抗がん剤が高いものだから高額医療費の限度額が適用される

それでも自分にとってはかなりな出費になる

他の病院で薬代と合わせた金額が21,000円を超えると合算されて

支払った費用は帰って来る

かかりつけ医院には薬代を合わせて糖尿病治療で月に約8,000円を支払っている

だから高額医療限度額+8,000円の病院代がかかってくる

この+8,000円がかなり負担を感じている

がんセンターは「がん」しか治療をしないので、糖尿病は診てくれない

総合病院へ転院すると「がん」と「糖尿病」の両方の治療ができて

高額医療限度額で納まる

だけどこの地域で、「がん治療」に関しては「がんセンター」に優る医療施設がない

やはり命には代えられないもの

高額医療限度額制度がなければ、高すぎてとても抗がん剤治療など出来ないから

貧乏人にとっては有難い制度です


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2017年05月14日(日) 記事No.1750
たぶんアルコールとコーヒーが原因だと思うけど

10年くらい前から逆流性食道炎の薬を飲んでいる

月に一度近くのかかりつけ医へ通っているけど

薬をきらせて3日になる

やはり、胃が痛くなった

とりあえず買い置きのガストールを飲む

002.jpg

一応の応急処置になる


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2017年05月03日(水) 記事No.1723
4月29日の夕方に熱が37.5度出て

4月30日にインフルエンザと診断されて処置をした

その日も夕方から37.5度の熱が出て早く寝たら

夜中の2時に汗をびっしょりかいて気持ち悪くなって起きた

もう熱は下がっていた

着替えをしてから布団乾燥機で布団を乾かしながらビデオを2時間観た

4時からまた寝て8時に起きた

5月1日から今日まで3日間熱は出ていない

インフルエンザにしては軽かったが

インフルエンザ初体験だった




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2017年04月30日(日) 記事No.1716
一昨日、がんセンターから帰って夕方から寒気がするので早く寝た

昨日は喉が渇いて頭がぼーっとしていて、熱を計ったけど平熱

夕方にふらふらするので熱を計ると37.5度で少し高め

今朝起きて熱を計るとまた平熱だったけど

父親がインフルエンザになった時に風邪かな?くらいの症状で

母親がインフルエンザにかかり重い症状で入院をした時に

念の為にと父も検査をしてから分かったくらいだった

その時は家内のインフルエンザにかかり家族の半数がインフルエンザだった

家内以外はインフルエンザの予防注射をしていて

父も予防注射のおかげで軽かったのだろう

私も父の事を思い出して、念の為にと救急センターへ行った

医師会が休日と夜間に内科と小児科の急患センターを運営していて

開業医が交替で診察をしている

診察室へ入ってインフルエンザの検査をしてほしいと言うと

担当医が不機嫌そうに理由は?と聞く

たぶん、熱もないのにわざわざ急患センターまで来てと思ったのか

渋々検査をしてから、別の待合室でしばらく待って

診察室へ呼ばれて「インフルエンザです、A型ですね治療しますか?」

イナビル吸入粉末剤を吸って治療が終了

今頃になってインフルエンザになるとは思ってもいなかった

これで連休は部屋に閉じこもることになる


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2017年04月28日(金) 記事No.1714
今日は5度目で3ヶ月ぶりのCT検査

前回は1月の末頃に検査をした

最初はガンが7㎝あったのが2度目は5㎝に縮まった

3度目はさらに小さくなり3.5㎝

このまま消滅してくれと臨んだ4度目は3.5㎝と変わらず

1月末の検査から3ヶ月間は不安だった

月に1度の腫瘍マーカーの検査では正常値ではあったけど

よくてこのままガンと共存か、悪くするとまた大きくなるかも

などと思ってしまう

昨夜は不安で眠りが浅く夢を見たが、何の夢だか覚えていない


今朝は6時半に出発をして、がんセンターへ8時過ぎに到着

血液検査の後で胸部と腹部の造影CTの検査を受けて

検査結果が出るまで近くの神社へお参りをして

3ヶ月に1度のCT検査の日にだけ引いているおみくじ

これまでは3度連続で大吉だった

今日は嫌な予感がしていたら、4度目にして初めての末吉

末吉といえば吉の中では末尾で凶の一つ手前

あまり良いことは書いていない

ただ救いは、病気は治るの一言

しかし、よく読むと日頃の不摂生が原因と自分を戒める


今日は診察までの待ち時間が特に長い

その間、悪くなっているんじゃないのだろうか?

とか色々と考えてしまう

そして予約より1時間超過して診察室へ呼ばれた

検査の結果はなんと3.5㎝から2㎝へと小さくなっていた

抗がん剤を飲み始めてから10ヶ月

ネクサバールという名の抗がん剤3週間分42錠で21万円 月に30万円 保険適用で9万円+α=約12万円
高額医療費の限度額があるので実際は5万円くらい
ネクサバール0428



それと併用して飲んでいるβグルカンの「真宝」というサプリメント 1袋300円×4回で1日1200円 月に36,000円
真宝0428


どちらが効いているのかは証明できない

医者や薬品会社勤務の弟は抗がん剤が効いていると言う

抗がん剤が効くのは5人に1人で、ほとんどはがんは小さくならずに現状維持

そしてがんに抗体が出来て薬は効かなくなる

6ヶ月間現状維持すれば抗がん剤は効いたとみなす

今日も医者に言われた

「こんなに効くのは珍しいです」

サプリメントは医学的な根拠はなくてβグルカンが免疫力を上げて

体内の免疫力ががん細胞を攻撃するらしい

現状で効いているので、どちらかを止める勇気はない

しかし、がんになると金がかかって仕方ない


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2017年03月11日(土) 記事No.1644
認知症の母がインフルエンザにかかって病院に入院をしてから、ちょうど2週間経った

肺炎にかかりずっと寝たきりだったけど

回復し始めてから、昨日はしっかりとしていた

私のことも息子だと分かるので安心をしていた

今朝 母の病室へ行くと、ベニヤ板が壁に立てかけられていた

どうやら、昨夜1人でベッドから降りようとしたみたいで

降りられないように、ベッドにベニヤ板で仕切りをしていたらしい

今朝は認知症が悪化していて、訳の分からないことを言っており

私が息子だということも分からなくなっていた

父が昼間付き添っていたら、昼からはまた良くなった

早く退院して家族と暮らせば、また安心して良くなるはず

不安を感じたら認知症が悪化するのだろう

早く家に連れて帰ってあげたい


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2017年03月08日(水) 記事No.1637
インフルエンザで入院をして肺炎にかかった認知症の母

一時は命が危ないと覚悟までしていた

入院をして今日で12日経った

入院をして3日間は息が荒くて苦しそうだったが

1週間くらい経ってから酸素吸入を外せた

昨日から話しも出来て

今日は食事が出来るようにまで回復をした

母と同時にインフルエンザにかかった父も治り

昼間に母に付き添って1週間になる

昨日は私を息子だと認識が出来たけど

今日はポカンとして、分からなかった

それは、その日の具合で変わるようだ

この調子なら数日で退院が出来るかもしれない

家に帰って家族に囲まれている方が認知症は進行し難い

もう3年以上も前に母がいつも言っていたのを毎日思い出す

「ヘソの尾でつながっとるんじゃけん、あんたの考えとることは何でも分かるんよ」

思い出すたびに悲しくなる


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2017年03月02日(木) 記事No.1622
先週の土曜日にインフルエンザと診断された父は

次の日には熱が下がっていたけど

母の病室に立ち入り禁止だった

今日、やっと解禁になって母に付いている

家内は1日遅れて検査をしたので

熱は下がっているけど明日が解禁日

私も熱はなかったけど心配だったので

家内と同じ日に検査をしたら陰性だった


母は最初にインフルエンザの診断を受けて入院をしている

父と家内を除いた家族で交代に付き添っていたけど

肺炎にかかっていて、病状は芳しくない

どうやら長引きそうな気配だ


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2017年02月28日(火) 記事No.1619
認知症でインフルエンザになり入院をして

合併症で肺炎にかかっている母

入院をして2日半意識がなかったが

昨日は目を開けて話しもできた

私が話しかけると自分の出里の屋号
(菓子屋をしていて丸亀堂)

を口にする

私の幼い頃からの愛称(ゆうくん)よ

と言っても

「ゆうくん」なんか知らん

入院をする前も時々首を傾げることもあったが

笑いながら「私が分からんと思っとるんかね」

と分かる時もあった

昨日は弟が病室に付いていてくれていた

弟のことも分からないで

自分の3人の弟の名前を代わる代わる呼んでいたと言う

母の記憶はいつの時代まで戻っているのだろうか?



昨日の検査の結果は、前日よりも肺炎がひどく進んでいると言われたが

なぜ目を開けて話ができるのか分からない


父もインフルエンザにかかっているので、

母の病室へ面会に行けなくて歯がゆい思いをしている

もしかすると母は父のことも分からないのだろうか?


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2017年02月25日(土) 記事No.1612
母がインフルエンザなのだから

いつも一緒の父もインフルエンザになって当然と言える

両親ともに予防注射はしているけど

免疫力の違いだろうか

母の方が重い

父は薬をもらっただけで家に帰ってきた

家族で予防注射をしていないのは家内だけだが

家内はたぶんインフルエンザにかかるだろう

私と娘2人は予防注射をしているけど

インフルエンザにかからない保証はない

娘2人は老人ホームとスーパー勤務

月曜日にでも検査をした方がよさそうだ


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2017年02月25日(土) 記事No.1611
今朝母親が起きられなくて、熱を計ると38度あまりある

目も開けられなくて、うなるばかりで口もきけないので

かかりつけの病院から往診に来てもらおうと病院へ行ったけど

連れてこられないと診られないとのことで

起こそうとしても起きることができなくて、救急車に来てもらった

なかなか受け入れ先が決まらずに、20分くらい待って

近くの総合病院に決まった

診察をしてもらってインフルエンザにかかっていると言われた

以前、脳内出血をしているのでCTとMRIの検査もしたけど

インフルエンザだけだった

とは言え、まだ目も覚まさず口もきけないので

個室に入院をして、付き添いが必要だと言われた

高齢者は少し良くなると、自分で点滴を外してどこかへ行こうとする場合があるらしい

特に母は認知症なので、家族がいないとパニックになるおそれがある

父親が付き添うのが1番よいのだが

父も先日から風邪をひいていて、インフルエンザの可能性もある

今は長女が仕事が休みなので付き添っていてくれている

家内は予防注射をしていないので、付き添いができないと看護婦さんから言われた

同居していても家族はてんやわんや

老人の夫婦だけだったらどうなるんだろうね

これが高齢者社会だ


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