• 2009年01月 の記事一覧

2009年01月31日(土) 記事No.94
建て方が終わると壁筋交いを取り付け、アルミサッシを取り付けた後、耐震性の高いダイライトを外壁全面に張ります。
同時に屋根工事にはいります。
こちらの住宅は屋根には厚み6㎝の発泡ウレタン断熱材で外断熱通気工法の上にカラーガルバリウム鋼板を縦ハゼと横葺きの組み合わせにしています。
さらに外壁も厚み4.5㎝の発泡ウレタン断熱材を使い外断熱通気工法にしています。

ブリックの下地
外装2

ラスモルⅡノンクラック通気工法下地にジュラクペンアートを左官が塗っています
外装1

完成後
北側全景1


床は杉板厚み3.5㎝で耐震性に優れています。
この上に仕上げのナラ材を張り自然塗料のオスモカラーを塗ります。
壁は檜の板を30㎝ピッチで打っています。
これも耐震性があります。
この上にプラスターボードを張り珪藻土を塗ります。
内装1

これは新聞紙を寝室の壁と天井に充填しています。
断熱と防音に優れており、2階での物音が聞こえにくくなります。
こちらの家庭は2世帯住宅で2階に息子さん夫婦がすんでいて小さな子供がいるため1階に音が聞こえにくくするために寝室とおばあちゃんの部屋に用いました
内装3

完成後

1階キッチントリビング1




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2009年01月29日(木) 記事No.93
基礎が出来上がるとコンクリートの強度が上がるまで養生して、土台を敷きます。
そして建て方です。
この日は真夏の暑い盛りで大工さんが1時間おきに休憩していました。
床面積も80坪と大きかったので建て方と屋根仕舞いに3日かかりました。

建て方10

柱は12㎝角で通し柱は15㎝角、それに合わせて梁も12㎝の厚みを使用しています。
最も大きい梁は21㎝×36㎝を使用しました。
最近はプレカットがほとんどですが、こちらは棟梁が墨つけをして大工さんの手作業で切り組をしています。
木材も厳選して強度の高い目込み材を使用しました。

建て方20

だんだんと棟が上がってきます。
私が大工の棟梁だった父親の手伝いをしていた頃は足場もレッカーもない時代でしたので、木材は全部人の手で上げていましたから近所から多くの人が手伝いに来ていて農家などは50人くらいの手伝いの人であふれていました。
今は反対に事故がおこると困るので素人の手伝いはお断りしています。

建て方30

こちらは別の物件で雪が降る真冬でした。
大工さんが祝詞を上げ、餅投げをしたのですがPCが壊れて保存していた写真がなくなりました。

建て方冬1


建て方に3日かかりましたが、初日の大安に一部棟を上げて上棟式を行いました。
大工の棟梁が祝詞を上げています。

上棟式10

そして、乾杯

上棟式20









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2009年01月28日(水) 記事No.92
地盤改良または杭打ちが終わると、地縄を張って配置の確認をします。
それから水盛り遣り方といって工事をするために水平や基準の位置を決めます。
水平を測るレベル測定機がない頃に水を盛って測っていたことから由来がきています。

そして、防湿シートを敷き基礎の配筋工事と仮枠工事を行います。

配筋工事
配筋1

配筋工事が終わると指定の鉄筋が使用されているか、また鉄筋のピッチが正確に工事されているかについて配筋検査を行います。
この建物は木造住宅ですが通常の基礎に比べて頑丈に設計しています。
通常は基礎底版の厚みは15㎝で鉄筋はD10ピッチが20㎝のシングル配筋ですが、こちらは基礎底版厚21㎝で鉄筋はD13でピッチ20㎝のダブル配筋にしました。
基礎の下は杭状に柱状改良で地盤補強をしています。
配筋検査1

検査の後にコンクリート打ちを行います。
コンクリート打ち1

そしてコンクリートの強度が出るまで養生します。
養生1

養生が終わると仮枠をはずして基礎のできあがりです。
仕上がり1







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2009年01月27日(火) 記事No.91
地鎮祭が終わると軟弱地盤の場合には地盤補強工事を行います。


●地盤補強工法
 直接基礎で対応できない場合は、地盤補強工事を行って建物を安全に支えなければなりません。工法の選択では、安全性かつ経済性を考慮する必要があります。
 地盤補強工事を大別すると、軟弱な地盤そのものを固めてしまう地盤改良と、既製の杭を打設する工法とに分けることができます。
 地盤改良は硬質地盤でなくとも建物を安全に支持することが可能なので、戸建住宅の基礎補強では広く採用されています。
 土が固まらないような地盤の場合で支持層が確認できる場合は、既製の杭を支持層まで打設して建物を支持させる工法を採用できます。
地盤改良図1


  

●表層改良工法
セメント系固化材を軟弱地盤に散布して、原地盤の土と混合・攪拌・転圧を行い版状の固結体をつくる工法。
軟弱層がGL-2.0m以浅に分布している場合に適用。
ただし、改良深度内に水位があって混合攪拌が困難な場合、改良範囲が隣地または道路際まであり、境界ブロックや隣家、道路等に影響が懸念される場合は適用しない。
改良深度を決める際の良好地盤とは、原則として粘性土で 粘性土でN値>3、砂質土でN値>4が連続する地層をいう。
工期は通常1日から2日。
原地盤を改良するため発生土は少なくてすむ。
表層改良1

表層改良2


●ジオコラム工法 (一般的には柱状改良工法またはソイルセメントコラム工法)
軟弱地盤の土にセメントミルク(セメント系固化材と水を混ぜたもの)を注入攪拌して、地中に柱状の改良杭をつくる工法。
軟弱層がGL-2.0mを超えてGL-8.0m程度まで分布している場合に適用。
ただし、軟弱層のほとんどが腐植土である場合、産業廃棄物・生活廃棄物が堆積している場合、伏流水がある場合、元沼沢地で盛土造成後すぐに建物を建てる場合等は適用しない。
改良深度を決める際の良好地盤とは、原則として粘性土でN値>3、砂質土でN値>4が連続する地層をいう。
工期は通常1日から2日。
低騒音・低振動施工で近隣に迷惑をかけない。
セメント系固化材は、無機質系無公害。

柱状改良1

柱状改良2


 ●小口径鋼管杭工法
柱状改良工法で対応できない場合、杭先端のみで建物の荷重を支持したりする場合に、一般構造用炭素鋼鋼管STK-400を用いて小規模住宅を支える支持杭工法。
軟弱層がGL-8.0m以深まで連続している場合に適用。
鋼管杭工法の場合は、建物と周囲の地盤との兼ね合いがあり、極端に地盤沈下が発生する場所で採用すると、建物の抜け上がり現象が発生することがある。(超軟弱地盤や腐植土が厚く堆積している地盤に盛土をしたときなど)
鋼管杭の長さを決める際の先端支持地盤とは、 N値≧15。支持地盤の層厚は原則2.0m以上連続するものとする。
工期は通常1日から2日。
施工機械を選択することにより、狭小な現場にも対応可能。

鋼管杭1

鋼管杭2


●PC杭
PC杭



 
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2009年01月24日(土) 記事No.90
施工業者が決定すると並行して建築確認申請を提出。
木造だと提出して10日くらいで確認済み証がおります。
鉄筋コンクリート造、鉄骨造だと1ヶ月半から3ヶ月半くらいかかります。
なぜこのような開きがあるのかというと、建物の規模や構造により適合判定という構造についての2次審査を別の機関で行うと最長で4、5ヶ月もかかることがあります。
これでも早くなった方で、一昨年の建築基準法改正の時は半年経っても建築確認がおりなくて、そのために全国で着工ができなくて資金繰りに困った建設業者が倒産しました。

そして、建築確認がおりると地鎮祭を行います。
通常は神式で行いますが、仏式やキリスト教式(地鎮祭とはいわずに起工式)があります。

地鎮祭で用意するもの

施主 
一.おそなえ物
1.米2合
2.酒2合
3.魚(鯛もしくはするめ2枚)
4.海菜(こんぶ、わかめ、ひじき等)
5.野菜(季節のもの)
6.果物
7.塩 小皿に少々
8.水少々

一.さかき(玉串用で人数分だが神社で用意してくれる場合もある)

一.お礼 地域により差はあるが住宅の場合2万円

都市部になるとお礼3万円でおそなえ物まで神社で用意するところもあります。

施工業者
一.齋竹4本
一.しめ縄
一.もり砂
一.奉献酒
一.テント(雨の時や真夏日)

設計事務所
一.奉献酒


地鎮祭次第

一.開会の辞
一.修祓の儀
一.献鐉の儀
一.祝詞奏上
一.清祓
一.鍬入れの儀
  いみ鎌 設計事務所
  いみ鍬 施主
  いみ鋤 施工業者
一.玉串奉奠
  斎主
  施主および親族
  設計事務所
  施工業者
一.撤鐉の儀
一.昇神の儀
一.閉会の辞
    

神式の地鎮祭
地鎮祭1

地鎮祭2

地鎮祭3

仏式(真言宗)の地鎮祭
仏式地鎮祭1

仏式地鎮祭2

仏式地鎮祭3







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2009年01月22日(木) 記事No.89
設計監理契約をしていただいた後、模型の作成と平行して地盤調査を行います。
小規模の木造住宅の場合はスウェーディン式サウンディングで調査をします。
調査費用は設計監理費用とは別途支払いになります。

スウェーディン式サウンディング試験
スウェーディン式

その他に弾性波探査試験、ラムサウンディング試験、ボーリング試験があり鉄筋コンクリート造になると通常ボーリング試験を行います。
それぞれの試験内容により費用がかなり違ってきます。

スウェーディン式サウンディング試験 約5万円
北欧のスウェーデン国有鉄道が1917年頃に路盤の調査を目的として採用し、その後スカンジナビア諸国で広く普及した調査法を、1954年頃、日本国の建設省(現国土交通省)が堤防の地盤調査として導入したのが始まり。

調査方法は、先端に33mmのスクリューポイントを鉄棒(ロッド)に取り付け、 500N(50kg),750N(75kg),1kN(100kg)と荷重を掛けた時点で静止状態による沈み込み(自沈)が無ければロッドを回転させ、25cm貫入するのに半回転(180度)で何回、回転したかを測定する。
貫入状況(自沈状況、回転量)で地盤の支持力を評価する。
木造住宅に向いています。


弾性波探査試験             約10万円
一般に物理探査法と呼ばれる調査の中で、弾性波探査は、地盤の工学的性質を定量的に把握する手段として用いられており、対象となる地質条件、調査目的等に応じ、種々の弾性波が使い分けられております。
その中の表面波は表層部の地盤状況を精度よく探査できることから、表面波の一種であるレーリー波を用いて敷地内の各地点において深さ方向の地盤性状を測定、解析します。
スウェーディン式サウンディングと併用すると調査精度があがります。

ラムサウンディング試験         約30万円
 動的コーン貫入試験に分類され、オートマチックラムサウンディング試験として知られている。
ドライブハンマーの質量が63.5kgで、落下高さが500mmであり、貫入量200mm毎の打撃回数を測定するものである。また、周面摩擦を補正するために、トルクを測定する(打撃回数が5回を超す場合は200mm毎に、5回以下の場合はロッド接続時(1m毎)にロッドを時計回りに2回転させて行われる)。
本調査法は、JISやJGSの規格には至っていいないが、近年比較的多く使用されるようになってきている。
鉄骨造2階建て規模の建物に向いていますが、JISに規定されていないためスウェーディン式サウンディングか弾性波探査試験との併用になります。

標準貫入(ボーリング)試験      約50~100万円
動的な貫入試験であり、原位置における土の硬軟、締まり具合又は土層の構成を判定するためのN値を求めるとともに、土試料を採取する貫入試験法です。
サンプラーにより試料採取が出来るので土の性状が正確に把握でき、又、採取試料を各種土質試験にかけることによりさまざまなデータを得ることができます。
最も信頼性のある試験で大規模の鉄骨造や鉄筋コンクリート造には必要です。


ラムサウンディング試験
この建物は鉄筋コンクリート造ですが、過去に行ったボーリング試験のデータがあり、スウェーディン式サウンディングで支持地盤に勾配が確認できたために既存建物を解体後にラムサウンディング試験を行いました。
この3つの試験データにより杭の設計をしました。
ボーリング試験は何ヶ所も調査すると驚くほど高価になり、スウェーディン式サウンディングではN値が15以上は測定できないためラムサウンディング試験で30坪ほどの建物の中を5ヶ所測定した結果N値40まで確認でき支持地盤の勾配が30度近くあるのも確認しました。
ラム


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2009年01月21日(水) 記事No.88
測量と諸々の調査が終わると、クライアントの要望を聞いて基本計画にはいります。
平面図と立面図で合意しますと設計監理契約を締結した後で模型を作成します。
今までは親しい人からの依頼は契約をしていなかったのですが、建築士法で義務付けられましたので例外はありません。
本来は設計依頼を受けた時に基本計画に入る前に設計監理契約をしていただくのですが、インターネット等での問い合わせをされる方のために特別に契約時期をずらしております。
ほとんどの方は平面図と立面図では3次元の形が浮かんで来難いのですが模型で理解をしてもらえます。
模型で内部まで表現するのは実施設計にはいってからになりますし金額も少しUPします。

模型で理解をしてもらえると実施設計をしてから工務店に見積もりをお願いします。
金額や用途に応じた優良な工務店を紹介いたします。
特命の場合もありますし数社の見積もり合わせにする場合もあります。

それぞれの利点があり、1社特命の場合には高度な技術を要する建物に向いています。
たとえば、木造住宅で大工さんの腕が左右する場合などですが、ハウスメーカーが多くなり技術を必要としなくなったために、高度な技術をもった大工さんが激減しました。
工務店でもそのような傾向が強くなったために優秀な職人をかかえている工務店を紹介しています。

見積もり合わせは競争入札ほど最低金額にこだわらず、金額と能力のバランスで決定する方法です。
中小規模の建築に向いています。

競争入札は最低金額を提示した工務店に決定するために、指名する工務店について施工能力や経営状態を調査して指名業者を選定しなければ後でトラブルの原因になります。

どの方式で工事業者を決定しても、業者選定は監理業務の一環として行いますから、設計監理者を信頼していただかないと良い建物は望めません。


久妙寺の家の模型
久妙寺の家A

完成写真
南側外観1


やきとりぼっちゃんの模型
ぼっちゃんA

完成写真
1夕方の全景

内部模型
ぼっちゃんB

完成写真
通路1

大生院の家模型
大生院の家A

完成写真
南東全景1


上から見た模型
大生院の家C

西から見た模型
大生院の家B


西から見た外観
西側全景1

内部模型
大生院の家D

内部写真
1階リビングの小屋組み1
1階リビングの小屋組みとトップライト1
2階階段ホールの天井とトップライト1

M事務所模型
諸岡フィルターA

完成写真
このように外観が大幅に変更になる場合もあります。
原因は急激な建築資材の高騰と施主指定の工務店が特命受注したため競争の原理が働かず予定金額をオーバーして2回の設計変更の結果です。
東北から見る1













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2009年01月14日(水) 記事No.87
設計の依頼を受けますと、まず敷地の調査をします。

光波測定機で敷地の外形を測量
建替えなどで庭木や池など残しておきたいものや既設の建物も測量します。
光波測定機

光波測定機の拡大写真
測点に鏡を据えて光の反射速度で座標がでてきます。
昔は平板測量でしたが、何度も移動すると数十㎝も誤差が出ていました。
光波測定機では移動しても1~2㎝までの誤差ですから、ほとんど狂いがありません。
光波拡大

レベル測定機
平面の測量が終わると、次は高低差を測量します。
高低差が3m以上になると光波測定機を使いますが、通常はレベル測定機のほうが早いのでレベルを使います。
レベル測定機

建築設計事務所で光波測定機を持っているところは少ないので、精度の悪い平板測量かもしくは測量事務所に依頼をして測量費が余分にクライアントの負担になりますし、レベル測定機さえ持っていないところが多いのです。

敷地の測量と平行して役所で都市計画法、建築基準法に基づく法的な調査、法務局で敷地に関する調査、水道、下水、電気、電話等の建築をする上での調査を行います。






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2009年01月12日(月) 記事No.86
建築基準法の中に料理店とカフェという用途があり両方とも風俗店になっています。

今の時代のカフェはおしゃれな喫茶店だし料理店は割烹とかを思い浮かべるのですが、この法律が作られたのは昭和25年(前身は大正8年の市街地建築法)で、それ以来変わっていません。
大正時代から昭和初期のイメージのまま国土交通省は変えようともしません。
だから、カフェは喫茶店、割烹は飲食店としての用途で申請をしています。

都市計画法(昭和43年)で市街化調整区域内に建築できる日用生活のための店舗という中にクリーニング店、理容、美容店、自転車店、酒屋、八百屋、魚屋、肉屋、パン屋、菓子屋、うどん、そば、ラーメン屋、大衆食堂・・・とかがあります。
ところが、建築できる店舗の中に寿司屋も入っているのです。
寿司屋が建築できるのに焼肉屋だとだめなのです。
理由は焼肉は高級だからというのですが、寿司屋より焼肉屋が高級とは何とも不可解な事でしょう。
焼き鳥屋は項目には入っていないけど、愛媛県では認めているそうですが、それにしても寿司屋が出来て割烹や焼肉屋が出来ないとは・・・
たしかに昭和43年当時は牛肉は高かったけど、時代に合わせてほしいですよね。


姉歯元建築士の構造偽装が発覚して以来、何度も建築基準法や建築士法が変わり建築士を性悪説に基づいてがんじがらめに規制をしています。

姉歯の構造偽装を見抜けなかった民間審査機関は別件で潰されたり業務停止になったりしているのに、同じように見抜けなかった県や市の特定行政庁は処罰をされていないのです。

国家公務員でも悪いことをして逮捕された人間はいっぱいいるのに、なぜ民間だけが悪いような法律を作ってしまうのだろうか?

もう十数年前から感じていたことなのですが、建築基準法が変わるたびに県が講習を受けて次に市が講習を受ける。
すでに法律が施行されているのに市や県の職員が理解出来ていない状態が続いており、一昨年の6月に改正された時は大混乱で全国で建築確認が数ヶ月以上おりなくて着工できなくて倒産する建設業が出てきました。
現場を知らない国土交通省の役人が作った運用規定を県や市、民間審査機関がそのまま運用(国土交通省には逆らえないから)したからおこったことで、大事になってからやっと緩和されたのです。
それもホームページでは県や市が厳しい運用をしたからだと言い訳までつけている。

日本の官僚政治に疑問を持つのは私だけだろうか?

政治家、何とかせえよ
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2009年01月08日(木) 記事No.84
もうすぐ成人式ですが、34年前
大学2年生の時に今は亡き黒川紀章氏の講演を聞く機会に恵まれました。
当時は丹下健三門下で黒川紀章と磯崎新が若手建築家の双璧と呼ばれており、黒川紀章は若手建築家の鬼才と言われていました。
そこでさっと登場してきた彼の姿は黒のスリーピースに赤のネクタイでした。

「かっこええなあ
それから黒川紀章の大ファンになり彼の本を買って読むのに没頭しました。

成人式の祝いに両親がスーツを買ってくれるというので、まよわず黒のスリーピースと赤のネクタイを選びました。

ただ、大ファンだった割には彼の作風の影響は受けていません。
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2009年01月05日(月) 記事No.82
32年前の建築学科の大学4年生は卒業論文と卒業設計で大忙しだった。

春から夏にかけては結構のんびりとしていて夏休みには佐渡島へゼミ旅行にも行った。
梅田で夜8時に待ち合わせてゼミ生8人と先生2人の10人で寝台列車で新潟へ行き船で佐渡島へ渡った。
楽しいゼミ旅行が終わり卒業論文にとりかかる。
私のテーマは神社建築と日本人だった。
出雲大社とその周辺の神社を歩いて訪れた。
都合よく中学時代の友人が鳥取大学医学部に在籍していて、その下宿を拠点にしたので宿代はいらなかった。
帰る前に、せっかく山陰へ来たのだから有名な松葉ガニを食べようと思ってタクシーの運転手に「松葉ガニを食べれるところへ連れて行ってください。」と言ったら、
「あんた学生さんだろ、学生が食べれるような金額じゃないからやめときなさい。」と言われて諦めた。
12月に卒業論文の発表会があり、その後でゼミの忘年会を研究室でしてから冬休みにはいった。

冬休みが明けた今頃から卒業設計に入る。
下宿で描く人もいれば大学の教室で描く人もいる。
大学の教室に泊まりこんだのはゼミ生8人のうち5人だった。
2組が2人での共同作業、私も一緒にやろうと誘われたのだが1人でやらないと自分の好きなものは出来ないから私だけは1人で設計にとりかかった。
私のテーマは未完成。
1人で下宿に閉じこもりシューベルトの未完成(フルトベングラー指揮のウィーンフィルハーモニー)を何十回も聞きながら曲のイメージを粘土で形にした。
建築場所は海の上で武道館と図書館とホテルの複合施設。

1月の終わり頃から泊り込み1ヶ月余り、外に出たのはたぶん2,3回くらいで風呂にも入らず、靴下も履き替えず図面を描き疲れたら寝る。
食べるものは後輩達が差し入れをしてくれた。
当時ラジオから流れてきていたのは清水健太郎の失恋レストランだった。
提出間近になるとみんな限界がきていて、2人で共同作業している友人たちはお互い喧嘩をしていた。
提出日の前夜はみんな徹夜で作業をして後輩達やすでに終わった友人も手伝いに来てくれて、翌朝提出した。
靴下を脱いだら足に真っ黒いカビがはえていた。
寝るのはコタツで寝ていたから当然といえば当然だが。

そして、卒業設計の審査が始まった。
12人の建築学科の先生たちがそれぞれ○×△をつけて行く。
○は合格、×は不合格、△は保留で△が2つで×になる。
×が2つ以上つけば留年だ。

あくる日、研究室で結果が知らされた。
8人のうち1人が留年になった。(図面が未完成だったので家で手をいれて9月に卒業した)
そして、私と同じゼミから2位と3位がでた。
1位は隣の5研のゼミ生だった。

そこで、先生から衝撃的なことを聞いた。
100人の内で全部○だったのは1位になった学生と君だけだったと。
2位になった同じゼミの学生は△が1つついていたし、3位になった2人組みは×1つと△2つ付いていて卒業さえ危なかったのだが、1人の学生だけをとれば1位にもなっていたので描き加えることを条件に留年を逃れたのだと言った。

「先生、そんなら何で僕が3位まで入らんかったんですか?」
先生いわく「わしは君に入れたけど、隣の6研の先生に聞いてみろや」
6研へ行き「先生、全部○は1位の学生と僕だけだったと聞いたけど、何で僕が賞をとれんかったんですか?」
6研の先生いわく「卒業設計としてふさわしいかどうかというのが○×や。お前のはたしかに卒業設計としてはおもろかった。みんな、そう思たんとちゃうか?」(神戸出身の人なんで関西弁)
「そやけどな、設計趣旨読んだけど何を言いたいのかようわからんかったんや。なんでシューベルトの未完成とベートーベンの合唱がでてくるんや?」「それと、もうちょっとパースがきれいやったらなあ、見た目もあるんやで」(時間がなくてパースを助手の先生や友達に描いてもろたなんて言えんしなあ・・・それもやっつけ仕事で2時間で完成)

まあ、交響曲を聴きながら形にしたのだから仕方がないか・・・

今でも抽象的な作風は変わっていないように思います。
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2009年01月04日(日) 記事No.81
もう32年も前のことですが、大学4年生の時に歴史意匠研究室、通称7研と呼ばれるゼミにいました。
私が設計の道に進んだのは、この時の恩師のおかげです。
7研に出入りし始めたのは2年生の頃からで、当時 建築工学会という 会で他の大学の建築学科との交流や勉強会をしていました。
そして、建築工学会に大きな理解と助言をしてくれていたのが7研の澤登先生で、先輩に連れられて行くうちに7研予備軍になり、2年と3年の夏休みに先生が研究している神社の調査に付いて行ったりしていました。
3年生の時には古建築サークルを立ち上げて、休日を利用して4名のメンバー達と市内外の神社へ調査に行き、時々先生の助言を受けるために後輩達を連れて7研に出入りしており、当時1年生だった後輩達も3年後には7研のゼミ生になりました。

3年生から4年生になる時に多くの学生が留年になり私の友人も多くいて、4年で卒業できる学生は半数以下でした。
留年した友人の多くが私より成績がよかったので
「なんで、お前が進級できて俺ができんのや?」
「お前、先生に何を持っていったんぞ?」
「お前、研究室に出入りしとるけん下駄をはかせてくれたんじゃろ?」
と、何人もから言われました。
あんまり言われるので7研へ行って先生に「僕が進級できたのは先生が何かしてくれたんですか?」と聞きました。
すると先生が「私が親しいのは隣の環境の先生だけど、君は環境の単位を落としてるでしょ。ただ運がよかったんじゃないの?」と否定した。
その通りで私が進級した時に環境と構造力学の単位を落としていて、もう1つ落とせば留年だったのだ。
当時、講師だった先生は翌年は助教授になり数年後には教授にと、驚くほど早く階段を登られました。
そして、3年前に退官されました。
澤登先生の退官後、私が学生だった頃に助手だった吉信先生がすでに講師になっておられ7研を引き継いだのですが、体調が思わしくない為に今年度で退官されるそうです。
それに伴い800名の卒業生を輩出した7研の幕が閉じられます。
寂しい思いでいっぱいです。
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