2016年02月16日(火) 記事No.1328
現在のハウスメーカーになる以前もハウスメーカーと呼ばれたものはあった

1・日本電建
資本金60億円 売上高186億円
当時一般的でなかった住宅・建物を月賦で販売する方法を積極展開し、一時は住宅販売のトップ企業であった

田中角栄が経営していて小佐野賢治が譲り受けた
2002年に大東建託が建築部門を譲り受けている

2・太平住宅
1946年設立 資本金5億円 2003年経営破綻

3・殖産住宅
1950年設立 資本金4900万円
2002年民事再生法を申請してリフォームで生き残っている


この3社は割賦3社といい金融機関が住宅ローンを販売する前にサラリーマン向けに割賦販売を行い業績を伸ばした

四国の田舎では太平住宅と殖産住宅のテレビCMがあったのを覚えている
特に太平住宅は県内各市に営業所があり太平住宅ビルを保有していた

40年ほど前に私が大学を卒業した頃にはよく見かけた

最初に就職をした設計事務所の代表者が
太平住宅で設計をしていて独立開業をした人だったので

太平住宅の営業をしていた元社員がよく来ていた

たぶんその頃は傾きかけていたのだと思うが
元社員は不動産屋になったり住宅ブローカーになったり
女性は生命保険のセールスレディをしていて
社員時代の事を聞いて驚いた

月給は数万円で、車のガソリン代は自分で負担、パンフレットは会社から実費で購入していた
その代りに新築住宅を1件成約すると200万円の報酬があったと言っていた

そのためトラブルが絶えなかったらしい
成約のリベート欲しさに半分詐欺のようなこともあったのだろう

そんな時にセキスイハウスの営業がスーツを着てスマートな営業展開をした
基本給が高くて、ノルマはあったが成約に対しての報酬は抑えられていた

結果、セキスイハウスは今日の確固たる地位を築いた

時代に適応できないものは消えていく運命だった


この20年で住宅事情はずいぶんと変わったが

さて、設計事務所は生き残れるのか?



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