2014年05月17日(土) 記事No.446
織田がこね、羽柴がつきし天下餅、食うは徳川
有名な言葉ですが、秀吉が天下を取ったのは主君の織田信長が明智光秀の謀反で死んだ故です。
もしも明智光秀が謀反を起こさなかったら、織田信長が天下を取っていた。
しかし、織田は平氏故に征夷大将軍にはなれなかったので織田幕府は出来なかった。(征夷大将軍は源氏のみにあらずの異論あり)
織田信長は当時はまだ畿内と中部地方を制圧したに過ぎなかったが、東大寺正倉院に収蔵されている香木の蘭奢待(黄熟香)を切り取っているほど権力があった。
比叡山延暦寺を焼き討ちして、長島の一向宗門徒を殺害し、自らを神と称した織田信長は日本人らしからぬ人物です。
比叡山の僧兵は、平安時代の権力者であった後白河法皇が意のままにならぬのは、「山法師と双六の賽に加茂川の水」と言われた1つの山法師です。

それほどの権力を持って自らを神とした織田信長が天下を取っていれば、一時的かも知れないが朝廷は無くなっていたかも知れない。
朝廷が無くなれば、大和朝廷から続いた天皇家は無くなっていたでしょう。
織田信長が死んでいなければ、豊臣秀吉の天下もありえなかった。
豊臣秀吉が天下を取っていなければ2度に渡った朝鮮出兵もなかった。

韓国人が嫌いな日本人ワースト3は、韓国を併合した時の総理大臣だった伊藤博文が1位、豊臣秀吉が2位、加藤清正が3位だそうです。
大東亜戦争が侵略戦争だと中韓が言っていますが、豊臣秀吉の朝鮮出兵こそが侵略戦争だったと思います。
韓国の歴史は「恨み」の歴史らしいです。
日本に対してだけでなく中国に対しても恨みがあるそうです。
大陸の半島故の弱国の知恵の歴史です。
古くは鎌倉時代の蒙古襲来で元の属国になり日本へ先兵で攻めてきて、明の時代には明の属国になり、明が衰えると女真族の先兵となって明に攻め入り後の清の属国になった。
清が衰えるとロシアになびこうとし、日本の本土がロシアからの危険にさらされるのを防止するために日本に併合した。
西洋からの侵略に立ち向かったのはアジアでは日本だけです。

もしも明智光秀が謀反を起こさなかったら、織田信長が天下を取って、豊臣秀吉の天下が消えて、信長の死後は織田家の内紛に乗じた徳川家康が天下を取り、無くなった朝廷を復活させて結局は今と変わらなかった。

日本という国は世界の中でも珍しく、大和朝廷の時代から現在まで天皇家は一度も滅亡していません。
中国の歴史は支配者が変わるたびに前権力者は滅亡しており、西洋諸国もそうです。

歴史のもしもは色々な仮説をたてられて面白いです。

自分の歩んだ人生でも、もしもあの時がありますが、パラレルワールドを見てみたいような気がします。


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