2014年11月13日(木) 記事No.620





今年は還暦だが、ふと昔のアルバムを見ていたら懐かしくなった





父母の結婚式

昭和28年で恋愛結婚だったらしい

母は1つ年上の姐さん女房

父母の結婚式





母方の祖母に抱かれている生後2ヶ月の自分

40数年前に他界した

通っている小学校へ行く道筋で菓子屋をしていて

帰りには毎日寄って お菓子をもらっていた

祖父は母が幼少の頃に亡くなっていた

2ヶ月




生後1年経った自分

1歳





4歳の秋祭りの自分

祭り





6歳の頃の冬に3歳年下の弟と この頃オーバーを着ていたんだなあ

冬には毎朝氷が張っていた 最近では温暖化で年に3回くらになっている

弟と私





7~8歳の頃の自分

父母と叔父叔母たちと関川の山で松茸狩り

当然の事ながら松茸の味なんか覚えていない

松茸狩り




父方の祖父と自分

母方の祖母が亡くなった時にはお通夜と葬式にきていたのだが

その1年後に亡くなった

大工の棟梁をしていた厳しい人で

孫の名前を呼び捨てにしていたが

なぜか私には君づけで呼んでいた

祖母は長生きをして104歳で寿命を全うした

祖父と




小学生の時のクリスマスで弟と

何の歌を歌っていたのか?

クリスマスにはケーキを買ったことがなかった

菓子屋をしていた母の実家からいつも もらっていた

大工の棟梁だった父の仕事をしている人達もくれたので

大晦日近くまで毎日食べていた

この頃はまだサンタクロースの存在を信じていた

クリスマス




小学生の頃の秋祭り、3歳上の従兄弟と

なぜか地元の本郷ではない山端太鼓台に乗っている

今では市内の秋祭りは10月16~18日で統一されているが

この頃は私の住んでいる川東地区は10月13~15日

川西地区は16~18日、上部地区は19~21日と9日間続いていた

大人達は自分の地区の祭りに呼んだり呼ばれたりで

長い人は祭りの休みが9日間もあった

その代りに盆、正月、祭り以外はほとんど仕事をしていた

世は高度成長期で仕事をすればするだけ金が入っていた

職人の世界の事でサラリーマンは給料が安かったらしい

特に公務員の給料は安かった

今とは完全に逆転していた

従兄弟と



父母と弟と家族4人の写真

両親と弟


両親の愛情に守られて育ったんだなあ

中学生の頃からすこしずつ、夏休みには父親の仕事を手伝わされはじめた

高校生から建前にも かり出されていた

当時はたいてい日曜日で親戚や近所の人達が建前の手伝いに来るのだが

手伝いの人が来るのは8時頃からなので

5時に起こされて、人の少ない午前中に使われていた

大学生の時に休みで帰省をしている時も

友達から遊びの電話がかかると

母に「息子は出かけている」と嘘をつかれて

父の仕事を手伝わされていた

友達と遊びたい私が文句を言うと

「誰に食べさせてもらいよんぞ」と母に叱られた

父親がサラリーマンの友達がうらやましかったなあ




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