2015年03月23日(月) 記事No.819
月に25日くらいお参りをしている(たまにサボる)

八幡神社に日支事変と掘られた石碑がある

その下には名前が彫られている

氏子の人が徴兵で戦争に行ったのだろうか

支那事変0322




隣には武運長久と掘られた石碑がある

武運長久0322



正月16日と8月16日はお墓参りに行っていたのだが

彼岸にはお参りに行ったことがなかった

それに父親は次男で分家だから

祖父と祖母と早くに亡くなった伯父の墓にだけ

お参りに行っていた

祖父も次男で分家なので

本家の墓の場所も知らなかったくらいだ

小さい頃に父母と一緒に行った記憶はあるが

場所は覚えていなかった



ずいぶん前に亡くなった本家の伯父

父親にとっては従兄弟にあたるのだが

近藤家のルーツを調べたと言っていた

江戸時代に今治藩の下級武士の次男が

この地に住み着いて曾祖父が生まれて

鍛冶屋を営んでいて、そして祖父が生まれた

私から5代前になる先祖も分家で

それ以上は分からなかったらしい

だから私は分家の分家(祖父)の分家(父)の長男になる



本家は鍛冶屋から水道屋になり

祖父は大工になり長男の伯父も父も大工だった

どうも工の家系らしい




今日は本家の墓の場所を父から聞いて行って見た

墓自体は新しくされていたが墓標の最初には

文久の年号が掘られていた

もちろん祖父母、伯父のお墓にもお参りをして

その隣にある

少しややこしいが、曾祖父の長男の次男で父親にとっては

従兄弟にあたる人(こちらは電気屋)のお墓にも

お参りをした


昔から電気屋のおいちゃんと呼んでいたし

祖父母と伯父の墓の隣でわかりやすいので

いつもお参りはしていた


とはいえ、30歳~50歳くらいまでは祖父母の墓にも

お参りをしていなかった罰当たりな子孫だった


ある人に言われたのだが

分家でもご先祖は供養しないといけない



これからは疎遠だった本家の墓にもお参りをすることにした


家内の亡くなった父母のお墓と

その本家のお墓にも行ったので

5ヶ所のお墓にお参りをして

近藤家菩提寺の法泉寺にお参りに行った



八幡神社は真前なので思いつきもよいのだが

法泉寺は歩いても10分くらいの距離で

遠くはないが、思いつきが悪くて

ご無沙汰をしていた

やはり、もう少し頻繁に行かないとけない


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